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『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』「ポケットの中」の謎




『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989.3.25~8.25)


『ポケットの中の戦争』のタイトルの由来には、レビル将軍関連のエピソードが1つある。
ただし、後づけである。
1991年に発売された『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑』が初出なのである。
しかも、この本は記述の多くが新たに設定されたものであり、さらに致命的なことには非公認設定本なのである。
だから、どこまで公認されたものであるのか不明なことをお断りしておく。
(また、『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑』を所持しておらず、2003年ごろに伝え聞いた内容もふくむため信憑性に疑いがあることを承知されたい)


コンペイトウ(ソロモン)に駐留していたレビル将軍は、民間人の死者246名、重軽傷者572名を出したリボーコロニーの「戦争」の報告を受けた。
レビル将軍はその報告に、
「しょせんは、ポケットの中の戦争に過ぎんさ。我々には、もっと大きな戦場が待っている」
(『機動戦士ガンダム 公式百科事典』(講談社)から引用)
という言葉を洩らしたという。
このレビル将軍の言葉から、「ポケットの中の戦争」と命名されたという。


ただし、これは後づけなので、1989年当時、『ポケットの中の戦争』というタイトルがなにに由来しているのかはいまも不明なのかもしれない。


わたしが2003年ごろに読んだはなしでは、このリボーコロニーの「戦い」の概要をしるした紙(メモ?)を受け取り、目を通したレビル将軍は、星一号作戦(ア・バオア・クー攻略戦)という勝敗を決する大事を前にして、「些細な事、いまはそれどころではない」という感じで、軍服のポケットの中に無造作にその紙を押し込んだ、そこから「ポケットの中の戦争」……顧慮する価値のないちっぽけな戦争というタイトルがつけられたというものであったが、これは本当なのだろうか?


そのあと、このエピソードに一度もお目にかかったことがない。
それとも、これも『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑』にしるされているのだろうか?


一度、古本屋で(古本価格が高そうなので)立ち読みをする機会を得たいものである。




感想
民間人の死者246名、重軽傷者572名の戦争でも「ポケットの中」なのである。
しかし、それはそうだろう。
一年戦争では、人類の半数が死にいたった。
かつ、戦争の犠牲者は民間人・軍人を問わず、0079年12月末をもってもやむことを知らない。


バーニィはこの「ポケットの中の戦争」で亡くなったわけだが、個人的に親しかったアルならぬレビルにその悲しさはわかろうわけもなかった
しかし、そのレビルも数日後にはソーラ・レイの「光の中の戦争」で亡くなるのである。


『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』小説版の結末 バーニィ……



『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989.3.25~8.25)


『ポケットの中の戦争』はアニメと小説版のラストがまったくちがう。


OVAでもラストだった、校庭での小学校の始業式。
壇上には校長先生。
校庭に居並ぶ子供たち。


校長先生は演説をはじめる。
リボーコロニーで246名の死者と572名の重軽傷者が出た戦争を踏まえ、平和の尊さと二度と過ちを繰り返さないことの大切さをうったえる。


ここからがちがう。


校庭にいるアルの後ろ姿を、学校脇に停めた自動車のなかからアルの母親(ミチコ・イズルハ)と父親(イームズ・イズルハ)が見つめている。
「オトナになったのかな、アルは」
OVAだと自宅で、アルが登校で家をあとにした直後にされる会話が、学校脇の自動車のなかでアルを見つめながらなされる。


父親は新聞に目を落とす。
夫が熱心に新聞に目を通しているので、なにか面白いことでもあるのかと訊ねる母親。


ジオンの核ミサイルがリボーコロニーをねらっていたことが噂になっており、その目標がコロニーに駐在していた連邦の新型モビルスーツを破壊しようとしたからではないかという記者の見解を語って聞かせる父親。


その記事はさらに、「クリスマスに連邦のモビルスーツと闘った、ジオンのザクについて言及」する。


つづけて父親と母親の会話。
「そのパイロットは、自分が連邦の新型を破壊しなければ、このコロニーが味方によって核攻撃されると知って、単身闘いを挑んだというんだ、つまり彼は、このコロニーを救おうとしていた、というんだな。自分が死んだときに備えて、ことの一部始終を納めたテープも、残してあったらしい。それをこの新聞社は入手したんだそうだ」
「まあ、ほんとなのかしら?」
「さあねえ。ま、詳しいことはそのうちわかるだろう。そのパイロット……」
新聞を折りたたみ、校庭のアルに目をやると、もう記事のことなどどうでもいいといった口調で、彼は付け足した。
奇跡的に助かったらしい。今朝、意識を取り戻したそうだから……


(小説版『ポケットの中の戦争』結城恭介 角川スニーカー文庫 P215~16抜粋)


そのことを知らないアルは、一人、肩をふるわせて泣く。
OVA版では、ドロシーがアルが涙を流していることに気づき先生を呼びにゆくが、小説版ではだれも気付くことなく、ただ一人、泣く。


という風に、アルの父親をとおしてバーニィが奇跡的に蘇生したことを語り伝える。


このバーニィ蘇生にかんしては、作者の結城恭介も、小説版はそれでもいいのではないかと。
しかし、アニメでもしこれをやったら蛇足でしかないし、一流の悲劇が瞬く間に三流のハッピーエンドに堕ちてしまう、ということであくまで小説版限定のおはなしであることをあとがきで強調している。




感想
わたしがもっとも好きな『ガンダム』は『ポケットの中の戦争』。
もっとも好きなガンダムキャラクターはバーニィ。


『ポケットの中の戦争』はOVAでもっとも好きな作品(ちなみに、二番目は『ボトムズ 野望のルーツ』)。
バーニィは、『エルガイム』のダバ・マイロード、『ボトムズ』のキリコ・キュービーにならんでもっとも好きな男性アニメキャラクター。


1989年当時、高校を中退して友人がいない時期で、17歳だったわたしは19歳のバーニィを年上の友人のようにおもっていた。
似ているところがあって親近感をもてた。
頼りないところや、精神年齢が低そうなところ、などなど。
だから、バーニィが戦死したときの衝撃はすさまじかった。
死ぬことは、まったく予期していなかった。


ゆえに、8月末にOVAを観たあとまだ間もない、11月ごろ(巻末に「平成元年11月1日 初版発行」とある)に小説のラストを読んだときはうれしかった……。
ただ、それは小説版だけのことで、しかし、小説版だけでもバーニィが助かったのはいくらか救いだなとおもっていたような気がする。


89年以来、29年ぶりにラストだけ読んでみた……(18.11.29)。
ある人たちにとって、このラストはまちがいなく願望なのだとおもう。
とくに、アルにとっては。