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『∀ガンダム』……我々の文明も1万年後には超古代文明(&渡良瀬遊水地)



先日(2019.5.16)、渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)にいってきました。
渡良瀬遊水地は、栃木・茨城・群馬・埼玉の4県にまたがる日本最大の遊水地。
渡良瀬川に思川(おもいがわ)・巴波川(うずまがわ)が合流する地点での洪水対策など治水・利水がいまの主目的。
(歴史的には、天皇に死罪覚悟で直訴した田中正造で知られる足尾鉱毒事件の鉱毒を沈殿させ無害化させるため)

遊水地全体の面積は33km²。
貯水池である谷中湖は4.5km²。
4.5km²以外の28.5km²には、遊水地内にはりめぐらされた道路や川、池、沼、公園、運動場、野球場、ゴルフ場などがありますが、大部分は湿地帯。
水鳥と湿地に関する国際条約であるラムサール条約にも登録された、広大な湿地帯がつづいています。
湿地帯は鳥獣保護区でもあり、鳥たちの澄んださえずり声が静かな湿地帯に神秘的に響きわたっています。

湿地帯は、いわばジャングル。
広大なヨシ原(よしはら)がひろがります。
ヨシの丈は1m~3mほどといいます。
ほぼ人の背丈。
高い木々も群生しているわけではなく、まばらに生えているだけで通行のさまたげにはなりません。
ジャングルから連想される病原菌とも無縁で(日本の河川敷程度の病気のリスクはあるでしょうが)、遊水地内の道路を進むのは快適そのもの。
安全安心版の小型ジャングルといえましょうか。

今回は時間の都合で、遊水地内にははいりませんでした。
遊水地をかこむ、散歩道とサイクリングロードになっている堤防の北側を自転車で流した程度。

いままでに何度か遊水地内をサイクリングしたことがありますが、正直、女性一人のサイクリングはお勧めできません。
遊水地内には自動車1台が通れるくらいの平坦な道がもうけられていますが、その両側は人間の背丈ほどの草が密生していて視界がほかからさえぎられています。
自転車/自動車の通行人がまったくいないというわけではないのですが、とぎれがち。
なにかあったときに人に助けをもとめるのはむずかしい。

逆に、人目を気にしなくていいのは、わたしにとってはありがたい。
「天にも地にも自分一人」の解放感を満喫できます。

ただ、自動車が前方から来るとき、後方から迫ってくるときにはちょっと緊張します。
もし万が一の場合は、自分の力のみをたよりに応戦しなければなりません。
ケンカが弱いくせに、「なんとかなるだろう、いざとなったら凶器で応戦だ」というへんな(根拠のない)自信をもっていなければ、とてもではないですが快適なサイクリングとはいかなかったでしょう。
(ただし、治安の悪い地域ではないので、用心は念のためということで)

道路からちょっとだけ草をかきわけ進むと、いたるところにきれいな池や沼などがあります。
そこで休憩や食事というのもよさそうです。
池や沼も周囲から視界がさえぎられているので、一人がこわくなければ落ちつけること請け合いです。
……AVの撮影にもうってつけ。
(それくらい、秘密の場所がそこかしこにあります)



高い堤防から、視界の果てまでえんえんとつらなる湿地帯を見下ろすと、ヨシ原の波、波、波。
わたしの見ているまえで、軽の自動車が堤防をくだって遊水地内部へ走っていきましたが、自動車が大自然に呑みこまれそうなくらいにか細い。
つい安否を心配してしまうほどに、ヨシ原は圧倒的。
なにか、その軽自動車がおのれの生命をかけてヨシ原にいどむ戦士のような気がして、心のなかで「無事でいてくれよ」と無意識のうちに願っていました。

ヨシ原のところどころに、ヨシよりも高い木々が姿をのぞかせています。
そして、遠方に人工物らしき直立した塔が……。
湿気にけぶるその建造物は現実感にとぼしく、まるで太古に衰退した超古代文明の遺跡のように死の雰囲気をまといつかせている。
まるで、『風の谷のナウシカ』(原作1982~1994、劇場アニメ1984)の1000年前に栄え崩壊した高度産業文明の残滓(ざんし)のよう。
ヨシ原は、さながら「腐海」。

そんな夢想をさせる塔の正体は、水位観測所。
建物3階ぶんくらいの細長い鉄製の建物。
物見やぐらのごとき形状。
支柱のまわりに外付けの螺旋階段がついていて、その階段をのぼって支柱のうえにある円柱形の部屋から水位を観測するようです。

この水位観測所の塔は、かつて何度か近くで目にしましたが、そのたびごとに「失われた超古代文明」の遺物を連想させられました。
なにしろ、白いペンキで塗装されている鉄製の外壁が、全面的にサビで埋め尽くされているのです。
雨にさらされてか、洪水で水につかってか、濃密な湿気による自然の風化か、赤茶けたサビ、サビ、サビ。
そのため廃墟と化しているようにしか見えない。
「死の都」に残された、かつての文明のむなしい痕跡のよう。
周囲にだれもいない湿地帯のなか、この観測塔を目の前にし、おもわず、辺境を旅していて超古代文明の残り香に出くわしてしまった旅人の心境になりました。
鳥たちだけが、無邪気に鳴いていました。





ガンダムでいうと、古代の遺跡といえば『∀ガンダム』でしょうか。
『∀』の時代は、宇宙世紀からおよそ一万年後の世界。
(ただし、異説あり)

宇宙世紀など「黒歴史」の兵器や遺産が世界各地のマウンテンサイクルから掘り起こされ、科学技術の発展した月の民であるムーンレイスに対抗しようとしていました。
ナノマシーンによる自己修復をされていたからでしょうか、かなりの年月が経っていたにもかかわらず、MSなどはかなり真新しい状態で発掘されていました。
見た目には、あまり古めかしい感じがしない。
どちらかといえば、水位観測塔のようにサビなどで汚れていたほうが、歳月の重みからくるありがたみも増したような気がしますが。



ちなみに、発掘されるMSのなかに当初、『Z』のバウンド・ドックが予定されていました。
諸般の事情で中止に。
一説には、「サービスしすぎ」ということで取りやめになったとのこと。
コミックボンボン版の漫画は準備稿をもとに設定されている関係から、バウンド・ドックがマウンテンサイクルから発掘されるシーンが描かれているそうです。

その代わりのサービスが、バウンド・ドックにどことなく似ているディアナ・カウンター所属MSのムットゥーです。

ジェリド・メサ、ロザミア・バダム、ゲーツ・キャパの3人が搭乗したバウンド・ドック。
とくに、いくつものMSを乗り換えてきたジェリド最後の愛機として、わたしには印象深い機体です。
宇宙世紀は、『∀』のおよそ一万年前の太古の時代。

一万年前に、ジェリドが因縁のカミーユとの戦いに敗れて死んでいった機体がバウンド・ドック。
一万年もあれば、いろいろなことが起きるでしょう。
生まれ変わりというものがあるのなら、そのあいだには、もしかしたらジェリドとカミーユは仲間になってともに戦っていたなどという運命も考えられるわけです。
恩讐(おんしゅう)は時のかなたに、というやつです。
もしかしたら、ジェリドの生まれ変わりが『∀』でバウンド・ドックに搭乗していたかもしれない。
その可能性を夢想するには、バウンド・ドックが『∀』に登場する必要がありました。
その点ではちょっと残念だったかもしれませんが、ジェリドとバウンド・ドックのイメージが壊されるおそれもあるわけで、思い出は思い出のままに、わたしにとってはバウンド・ドック出演却下は都合がよかったかもしれません。





文明が滅んで一万年たてば、われわれの持物も『超古代文明の遺物』になるかもしれません。
知恵の輪など、それが玩具であることが忘れられれば、なにやら奥深い意味をもった秘密の道具だとおもわれるかもしれません。
そして、こう命名されるのです、超古代の叡智をひもとくカギになるアイテム、だから「知恵の輪」と。

われわれのガンプラだって、土偶や埴輪(はにわ)のように超古代の祭祀にもちいられた呪具(じゅぐ)だとおもわれるかもしれません。
マンガは、意味不明の言葉が羅列された超古代宗教の絵入りの経典とか。
パタリロ』や『クレヨンしんちゃん』が、絵で図解された宗教の奥義書だと勘違いされる可能性もあるわけです。

水位観測塔も、本当に「超古代文明の遺物」だとおもわれかねない。
宇宙人が瞬間移動して地球にやって来た証拠だとかなんとか。
内部の機械をすべて持ち去って、その外殻だけが残された瞬間移動機械のなれの果てだとかなんとか。
そして、わずかに付着した白い塗料からこう呼ぶようになるかもしれません、「ホワイトドール」。
ただ、そのころには白=ホワイトをあらわす英語は言語としてとっくの昔に死滅し、通用しなくなっているとおもいますが。



ディアナ・ソレル かつてロラン・セアックに似た少年に恋心を抱いたことがある?(ディアナの初恋)『∀ガンダム』


なにかと謎の多い『∀ガンダム』(ターンエーガンダム)のラスト。



ディアナ・ソレルは月の女王。
ロラン・セアックは、月に住むムーンレイスの下層階級出身の17歳の少年で、ディアナに心酔している∀ガンダムのパイロット。
(女装すると、とんでもない美少女に)



ラスト。
ディアナとロランは、小さな山小屋で二人きりの生活をはじめています。
どうして、二人は、ともに住んでいるのでしょうか?

ディアナは、ナノマシンによる冷凍睡眠により、覚めては眠り、また覚めては眠りにつくを繰り返し、およそ1000年もの長きにわたり生命を保ってきました。
(外見は、19歳)
しかし、それゆえ、寿命はあまり残されていない。
そこで、月ではなく「終の棲家」(ついのすみか)を地球に定めました。
ともに暮らすのは、ロラン一人。



ロランはディアナに臣下として仕えているのか、それとも結婚したのか。
(結婚説のなかには、実際は主従の関係ですが、世間への体裁として表向き結婚している形式をとっているという説もあります)
これは、意見がわかれています。

圧倒的に前者の意見のほうが多いようです。
わたしも、しかり。
なにしろ、物語のなかで、ディアナとロランにまつわる恋愛エピソードがまったくありません。
その萌芽となるような、恋愛をにおわせる描写もなし。

なかには、結婚していると力説している方もいました。
知恵袋においてです。
その方は、「なぜなら、二人とも左手薬指に指輪をはめているから」というのです。

これを読んで、これは物凄い発見だなと思いました。
いままでの定説をくつがえす、あまりにも有力な発見です。

ただし、どうも、これは勘違いなのかな、と。
わたしは画面で指輪を確認できませんでしたし、知恵袋でも、ディアナの指輪を話題にしている人はいても、ロランの指輪に言及している人はほかにいません。
「ディアナは左の薬指に指輪していたけど、ロランしてなかったし」と明言している方すらいます。

もしかしたら、二人が男女として結ばれていてもらいたいというその方の願望が幻の「ロランの指輪」を見させたのかな、と。
わたしにも、その気持ちはわかります。
下層階級出身であるロランが、憧れの月の女王であるディアナと夫婦になる。
ロランのディアナへの崇拝と憧憬が混じりけなしにまっすぐであったために、そうなってくれたらいいなあ、とわたしも最終回を観ながらそう思っていました。
純朴な少年がお姫さまへの想いを成就させるというのは、かなわぬ片想いに身をやつした人たちには、現実でかなえられなかった恋愛の、せめてものちょっとした救済になるのではないでしょうか。

しかし、ディアナとロランのあいだに、なんら恋愛を類推させるものはなく、女王さまの身の回りの世話をロランがしているのだな、という結論に行きつくのにそう長い時間はかかりませんでした。
願望は願望として、いままでの経緯からするとディアナ&ロランはありえないだろうなあ、と。

二人の左手薬指に指輪があったという記述を目にして「そうだったのか!」という喜びが広がりましたが、結局は、どうも、「ロランの指輪」は「どこかにあるユートピア」(しかし、遥かな世界すぎて誰も行けない)ガンダーラのような幻だったようです。

(ただし、結婚説に関し気になる情報が。
オフィシャル設定ブックのようなものに「ロランとディアナ婚約」と書いてある、というブログが(『日記 ∀ガンダム ロラン・セアックとディアナ・ソレルの結婚』)。
出典元やらなにやらがいっさい不明ですので確証にはなりませんが、もしそれがオフィシャルのもので、そこに婚約のことが書かれているのであれば、結婚説(婚約説)に大きくかたむくことになるでしょう)



ただ、ディアナにロランへの恋愛めいた感情があったのかな?という可能性を示唆する発言も。
富野監督の発言です。
富野監督の著書『∀の癒やし』でのこと。


「(ディアナは)最後の自分を看取ることをロランに頼んだ。
許したのではない。頼んだのだ。
なぜなんだろう?
それは、永遠の疑問ではない。簡単な理由だ。
ディアナの本当の初恋の相手が、きっとロランに似ていた少年だったからだろう。
人間などというものは、そんなものなのだろうとおもう。
それは、つまらないことなのだろうか?
そうではないと伝えたいのが、『∀』という物語なのだ」


富野監督は、発言が右に左に、上に下に、前に後ろに大揺れに揺れる人なので、その場の思いつきの発言である可能性もあり、どこまで信じていいのやらか不明ではあります。

しかし、一度でもそのような発言をしていたのであれば、ディアナのロランへの恋愛感情(あるいは、それに近い感情)はあったのかな、という推論の種にはなります。
種が育って実をつける保証はありませんが、種がないよりはその可能性はずっと高い。
種がなければ0、種があれば0よりは上です。

しかし、初恋の相手に似ているロラン……。
これは、なにげに『∀』ファンには衝撃の発言なのではないでしょうか。

初恋の相手に似ているから、ロランと残り少ない人生をいっしょに暮らしたいということですよね?
これって、かなり結婚に近いのでは……?



最終話に明確な答えはないと富野監督はインタビューで発言しているそうです。
各人の想像にお任せということなのでしょう。



わたしは、けなげなロランのためにも、ディアナの初恋の相手がロランに似ているという言葉を信じたいものです。
(しかし、富野監督はけっこう出たとこ任せの発言するからなあ)