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TAKARAファンタスティック映画祭【1985】(第1回東京国際ファンタスティック映画祭)……全17作品紹介


TAKARAファンタスティック映画祭 全17作品

1. フェノミナ
2. ファイヤー&アイス





ファンタが日本にやって来た!(ファンタってホントにいるのかなあ?)

日本のホラー映画ファンたちは、海外のファンタスティック映画祭を指をくわえて見ていました。
趣味を同じくするものたちが一堂に会し、ホラー映画、SF映画、ファンタジー映画などを楽しむ祭りの自国開催を待ち望んでいました。

それは、1985年に実現しました。
TAKARAファンタスティック映画祭(第1回東京国際ファンタスティック映画祭【東京ファンタ】)。
東京の渋谷にある東急文化会館内の渋谷パンテオンが、その祭典の舞台。
祭りの期間は85年の5月31日~6月7日でした。

当時、栃木に住む中学生だった自分は、映画雑誌を手繰りながら「TAKARAファンタスティック映画祭」なるエキゾチックな名称の映画祭に熱いまなざしを送っていました。


以下に、TAKARAファンタスティック映画祭(1985) 全17作品をご紹介いたします。



フェノミナ

1985
イタリア
1時間51分
監督:ダリオ・アルジェント
出演:ジェニファー・コネリー
   ダリア・ニコロディ
   ドナルド・プレザンス
   タンガ【チンパンジー、名優】

☆スイス・チューリッヒ校外の名門寄宿制女子学校に転校してきたジェニファー(ジェニファー・コネリー)は、少女ばかりを標的にした連続殺人事件に巻き込まれる。


◯美少女映画の決定版と言ってもよろしいのでは?
のちの80年代後半に、日本の「スクリーン」や「ロードショー」で女優人気投票1位を獲得するまでになるジェニファー・コネリーが、もっとも魅力的に美しく映像におさめられた作品が本作だったと自分は思っています。
これまた絶景でミステリアスなスイス・アルプスを背景に、当時、世界最高の美少女の一人だったジェニファー・コネリーがこれでもか、これでもかというくらい可憐で神秘的な美しさをさらけ出しています。

ホラー映画の世界的大巨匠ダリオ・アルジェントの『サスペリア』などと並ぶ代表作でもある本作、栄えある日本最初のファンタスティック映画祭においてオープニングを飾ったのも納得のホラー映画史上に残る大傑作。





ファイヤー&アイス

1982
アメリカ
1時間22分
監督:ラルフ・バクシ
出演(声優):スーザン・ティレル
      マギー・ロズウェル

☆凶悪な魔王ネクロンの天下征服の野望に、火の国に住む英雄ジャロルが立ち向かう。

◯未見





13日の金曜日Part5

1985
アメリカ
1時間32分
監督:ダニー・ステインマン
出演:ジョン・シェパード
   シェイヴァー・ロス
   メラニー・キンナマン

☆ジェイソンは6年前に死んだのではなかったのか?
クリスタル・レイク周辺で、再び惨劇が始まる。
犯人は、誰なのか?
生き返ったジェイソンなのか?

◯美しく澄んだ神秘的なクリスタル・レイクと、おぞましい血の惨劇のコントラストが、クリスタル・レイクの美しさをさらに際立てています。

いったんはジェイソンの死によって終幕したはずの『13日の金曜日』が再始動。
1~4までは個人差はあれど比較的評価の高い『13日の金曜日』ですが、5以降は好評不評入り乱れといった感じでしょうか?
自分的にはPart5まではお気に入りなのですが。





蜀山

1983
香港
1時間37分
監督:ハーク・ツィ
出演:ユンピョウ
   リン・シンシャー
   ジュディ・オング
   サモ・ハン・キンポー

☆内乱に明け暮れる蜀山の国を乗っ取ろうとたくらむ、悪魔軍団を率いる血に飢えた魔王。
その魔王に挑む、蜀山の国を救うよう運命づけられた青年・秋明奇(ユンピョウ)の物語。

◯未見
当時、クンフー映画の大スターだったユンピョウ主演のクンフー・アクションと特撮が結びついたファンタジーな作品。
ユンピョウの盟友であるサモ・ハン・キンポーも、長い白ヒゲをたくわえた仙人として登場。





コールド・ルーム

1983
イギリス
1時間36分
監督:ジェームズ・ディアデン
出演:アマンダ・ペイズ
   ジョージ・シーガル
【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 審査員特別賞(1985)】

☆ベルリンを訪れた現代の17歳の少女カーラ(アマンダ・ペイズ)は、宿泊先のホテルで、幻覚を見るようになる。
第二次大戦中、ナチスに支配されていたベルリンに実際住んでいた自分とよく似た少女クリスタの幻覚を。
かつて、いまはホテルになっている宿泊先の部屋に住んでいたクリスタと、外見や境遇が酷似しているため感応したがゆえの幻覚であった。
次第に、幻覚により情緒不安定になるカーラ。
そんなとき、幻覚のなかのカーラ(クリスタ)は、ゲシュタポに追われるユダヤ人男性エリックと出会うことに……。

◯幻覚に精神を犯されていくミステリアスなカーラを、映画初出演にして主演に抜擢されたアマンダ・ペイズが演じています。
非常に綺麗な女優さんですが、女優としては大成しなかったようなのが残念。

『ターミネーター』がグランプリを獲得した85年のアヴォリアッツで、『狼の血族』とともに次席か三席に相当する審査員特別賞を受賞しました。
『狼の血族』のヒロインを演じたサラ・パターソンも映画初出演にして主演に抜擢されましたが、自分的には世界最高の美少女の一人だと思っていたサラ・パターソンも女優としては大成しませんでした。
二大美少女の夢のあと……といった感じです。





2つの頭脳を持つ男

1983
アメリカ
1時間33分
監督:カール・ライナー
出演:スティーヴ・マーティン
   キャサリン・ターナー
   デイヴィッド・ウォーナー

☆頭が少々おかしい医者と、男と見ればすぐに寝たくなる色情狂の女性のロマンスを描いたSFコメディー作品。

◯未見





レイザーバック

1984
オーストラリア
1時間35分
監督:ラッセル・マルケイ
出演:グレゴリー・ハリスン
   ジュディ・モリス
   ビル・カー

☆オーストラリアに棲む伝説の巨獣(超巨大イノシシ?)レイザーバックとの果てることなき死闘。

◯未見。
雄大で荒々しいオーストラリアの原野を舞台に、ミュージックビデオ出身の監督による独特の光と影の映像美が、当時、マニアのあいだでちょっと話題でした。





レディホーク

1985
アメリカ
2時間4分
監督:リチャード・ドナー
出演:マシュー・ブロデリック
   ルトガー・ハウアー
   ミシェル・ファイファー

☆13世紀のイタリア。
横恋慕した悪の司教によって呪いをかけられた恋人たち。
伯爵令嬢イザボー(ミシェル・ファイファー)は昼の間だけ鷹に、騎士ナバール(ルトガー・ハウアー)は夜の間だけ狼に変身させられてしまう。
二人が人間として逢うことができるのは、日の出と日没の一瞬だけ。
呪いを解くために騎士ナバールは、悪の司教の命を狙っていた。
そのナバールに助力する、ひょうきんなスリの少年フィリップ(マシュー・ブロデリック)も奮闘する。

◯ふだんは人間と鷹、人間と狼として旅をする恋人たち。
人間としての逢瀬は、日の出と日没の一瞬だけ。
そんなロマンチックな設定が、少なからぬ人たちの胸を焦がしました。

ただ、主人公のフィリップの存在感はいまいち。
当時の若手スターだったマシュー・ブロデリックも、美しすぎるミシェル・ファイファーと男の色気を持つルトガー・ハウアーの存在感の前にはかすんでいたような……。





最後の戦い

1983
フランス
1時間30分
監督:リュック・ベッソン【デビュー作】
出演:ピエール・ジョリヴェ
   ジャン・ブイーズ
   ジャン・レノ
【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 審査員特別賞&批評家賞(1983)】

☆気候変動による大暴風で破壊された近未来世界を舞台に、地上のどこかに生き残っている女性のため4人の男たちが最後の戦いを繰り広げる。

◯未見。
モノクロ、無声の思索的SF。

「フランスにもついにスピルバーグが誕生」と絶賛された弱冠24歳のリュック・ベッソン初監督作品。
アヴォリアッツで次席と三席に相当する審査員特別賞と批評家賞をW受賞。
新生誕生の予感に当時のマニアたちを騒がせました。
いまや、フランス映画界の大巨匠となったリュック・ベッソンの飛躍のきっかけになった作品です。

リュック・ベッソンにとっては、『サブウェイ』『グラン・ブルー』『ニキータ』『レオン』(以上監督)、『WASABI』(製作・脚本)『クリムゾン・リバー2』(脚本)など数多くの作品で組むことになる俳優ジャン・レノとの初仕事でもあります。
デヴィッド・リンチとカイル・マクラクラン、サム・ライミとブルース・キャンベルのような腐れ縁ですなあ。





悪魔の密室

1983
オランダ
1時間39分
監督:ディック・マース
出演:ハーブ・スターペル
   ウィレケ・ヴァン・アメローイ
【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 グランプリ(1984)】

☆新築の高層ビルのエレベータ内で奇怪な事故死が相次いでいた。
 その犯人は、自己の意思を持ち、密室で殺人を繰り返すエレベータ自身だった……。


◯未見。
ファンタスティック映画祭の最高峰ともいえるアヴォリアッツのグランプリ作品であるにもかかわらず、評価も知名度も低い。

84年、グランプリを逃して次席か三席に相当する批評家賞に甘んじた『デッドゾーン』(クローネンバーグ監督作品)は、いまなおホラー映画の古典的名作であり、当時からマニアたちの話題の的。
それに比べ本作のほうは、いまや忘れ去られたグランプリ作品であり、それどころか当時から話題にのぼること乏しい作品でした。

当時の雑誌やムックでの取り上げ方も、『デッドゾーン』や『フェノミナ』『エルム街の悪夢』『13日の金曜日Part5』などの話題作に、大きくおくれを取っていました。
それどころか、ホラー映画マニア以外には無名だった『レイザーバック』や『コールド・ルーム』にすら、紙面の優先度が劣位にあったような……。

アヴォリアッツ映画祭の第1回(73年)から最後の第21回(93年)までに(76年の該当作なしを挟んで)20のグランプリ作品が誕生しましたが、そのなかでWikipediaで独自の項目を立てられていないのは5作品のみ。
本作品も、その一つです。

ネットでの評価も、「アヴォリアッツでのグランプリ受賞は疑問」など厳しいものがほとんどでした。
(ちなみに、本作はDVD化されていません。
ですから、中古のVHSビデオソフトがいまでも現役最前線の模様。
アヴォリアッツのグランプリ作品なのにDVD未発売?)





エルム街の悪夢

1984
アメリカ
1時間40分
監督:ウェス・クレイブン
出演:ヒーザー・ランゲンカンプ
ロバート・イングラム
ジョン・サクソン
ジョニー・デップ【俳優デビュー作】
【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 批評家賞(1985)】

☆寝たら殺される……夢の中で襲い来る殺人鬼フレディとの戦い。

◯85年前後、ホラー映画界の花形でした。
ホラー映画の雑誌でもムックでも、本作は頻繁に取り上げられていました。
夢と結びついたミステリアスな映像が、注目されていましたね。





ハウリング2

1985
イギリス
1時間30分
監督:フィリップ・モラ
出演:クリストファー・リー
   シビル・ダニング

☆狼人間になり死んでいったカレン・ホワイト(前作『ハウリング』の主人公)。
カレンの弟ベンと親友のジェニー、そして、二人の前に突然あらわれカレンの死の真相を告げるオカルト研究家ステファン(クリストファー・リー)たちの、あらたな狼族との戦いが始まろうとしていた……。

◯未見。
狼人間になってしまった人間の哀しさと悲劇的な結末を描いて、新しい狼男映画の金字塔になった大傑作『ハウリング』(1981)の続編。
そのため、当初は話題を集めていたのですが、出来は前作に遠くおよばなかったようです。

狼族の女王を演じたシビル・ダニングは、マニアのあいだではそのセクシーさに定評がありました。
それゆえか、エロスに力を入れ過ぎて、前作の大きな魅力であった狼人間になってしまった人間の悲哀、寂しさ、悲しい運命といったものが疎かになってしまった印象が……。





XYZマーダーズ

1985
アメリカ
1時間30分
監督:サム・ライミ
出演:リード・バーニー
   シェリー・J・ウィルスン
   ブルース・キャンベル

☆ビデオ防犯システム工事などを請け負う警備会社につとめる気弱なヴィックは、一目ぼれした美女ナンシーを追いかけるうちに、二重三重の殺人事件の渦中へと巻き込まれていく。


◯わたしの感想としては、「どこが、おもしろいのかわからない」といったところでしょうか。
ホラー・コメディーという位置づけらしいのですが、コメディーというより悪ノリのドタバタ喜劇としか思えませんでした。

大傑作『死霊のはらわた』(81)のサム・ライミ監督作品として期待していただけに、かなりがっかりでした。
サム・ライミはその後も傑作・佳作映画をいくつも制作していますので(『ダークマン』(90)『キャプテン・スーパーマーケット』(93)『クイック&デッド』(95)『スパイダーマン』(02)など)、才人もときに愚作をつくってしまうということなのだろうな、と。





山中傳奇

1979
香港
2時間
監督:キン・フー
出演:シー・フン
   シルヴィア・チェン
   シン・チュン
   ツン・リン成果との

☆若い学僧・雲青の前に現われるのは二人の美女(でも、じつは幽霊)、そして数々の悪霊・妖怪。
11世紀の中国・宋の時代、西域における西夏との戦いで落命した兵士たちを鎮魂する経典の写経を頼まれた雲青をめぐる怪異に満ちた伝奇アクション。

◯未見
香港の黒澤明の異名を持つ、寡作とはいえ世界中の映画祭で数多くの賞を獲得した監督の代表作。




デッドゾーン

1983
カナダ
1時間40分
監督:デイヴィッド・クローネンバーグ
出演:クリストファー・ウォーケン
   ブルック・アダムス
   マーティン・シーン
【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 批評家賞(1984)】

☆相手の過去・現在・未来を読み取ってしまう超能力を身に着けたジョニー(クリストファー・ウォーケン)の悲劇。
予知能力によって知ってしまった真実、それは大統領スティルスンが第三次世界大戦を引き起こすということ。
ジョニーは、大統領暗殺の汚名をかぶってでもスティルスンを排除しようとする。

◯未見
「特別な力」を持った人間の悲劇を真っ向から描いた本格派超能力もの。





銀河鉄道の夜

1985
日本
1時間47分
監督:杉井ギサブロー
出演(声優):田中真弓
      坂本千夏
      堀絢子
      一条みゆ希
      島村佳江

☆少年ジョヴァンニとカムパネルラは、汽車に乗って銀河宇宙への幻想の旅に出発する。


◯アニメ作品。
主要登場人物は、擬人化された猫たち。
ひたすら優しい作品。
あまりにもピュアな物語。
最後は、驚きの(しかし、なんとなく予想はできるかも)結末が。
子供たちに、おすすめの大傑作。

ファンタスティック映画の良心を代表する良作。





クリープショー

1982
アメリカ
1時間40分
監督:ジョージ・A・ロメロ
出演:ジョー・ヒル
   ヴィヴェカ・リンドフォース
   スティーブン・キング
   レスリー・ニールセン
   ハル・ホルブルック
   E・G・マーシャル
   トム・サヴィーニ

☆五つの短編からなるオムニバス・ホラー。

◯未見
監督は『ゾンビ』などでお馴染み、ホラー映画の大巨匠ジョージ・A・ロメロ。
出演者には、ホラー小説の大巨匠スティーブン・キング(ハンサムだとの評判だが)や特殊メイクの大巨匠トム・サヴィーニなど。
オムニバス・ホラーを代表する傑作。


【『SF/ホラー シティロード5月号増刊』(1985、エコー企画)を参考にいたしました】





TAKARAファンタスティック映画祭(1985) 上映スケジュール

●5/31(金)
開会式&フェノミナ

●6/1(土)
ファイアー&アイス
13日の金曜日Part5
蜀山
コールド・ルーム

【ファンタスティックナイト!(22:00~6:00)】
クリープショー
最後の戦い
エルム街の悪夢
デッドゾーン

●6/2(日)
2つの頭脳を持つ男
レイザーバック
レディホーク

●6/3(月)
最後の戦い
悪魔の密室
コールド・ルーム

●6/4(火)
ファイアー&アイス
エルム街の悪夢
ハウリング2

●6/5(水)
XYZマーダーズ
蜀山
山中傳奇

●6/6(木)
山中傳奇
XYZマーダーズ
デッドゾーン

●6/7(金)
レイザーバック
銀河鉄道の夜
閉会式&クリープショー

【『SF/ホラー シティロード5月号増刊』(1985、エコー企画)参照】


上映時間は、だいたい昼12時過ぎから夜9時くらいまで。
6月1日の土曜日だけはオールナイト上映が、夜10時から朝の6時くらいまで。

ちなみに、料金は1200円、オールナイトは2000円です。
たぶん1作品当たりの料金だと思われますが、詳細は不明です。



 
祭典の終焉

「東京国際ファンタスティック映画祭」も、スポンサー探しが難航して2005年で幕を閉じました。
希望に燃えて始まった日本のファンタスティック映画祭は、1985年から2005年まで開催されました。

そのあいだ、数多くの思い出と感動(場合によっては失望と落胆)がいくつも誕生したことでしょう。
日頃、後ろ指さされやすいホラー映画ファン(……泣)たちが夢を見た祭りの記憶として、「東京国際ファンタスティック映画祭」は少なからぬ人たちの胸にいつまでも刻みつけられていくことでしょう。



TAKARAファンタスティック映画祭【1985】(第1回東京国際ファンタスティック映画祭)……ホラー映画マニアの夢の宴


ファンタスティック映画祭の日本開催を熱望していた日本のファンたち

1985年は、日本がホラー映画に関して、欧米のホラー先進国にちょっとだけ追いついた年かもしれません。
日本のホラー映画ファン(あるいは、SF映画、ファンタジー映画ファンなども含めて)が待ちに待った、あるイベントが日本で行われたからです。

ファンタスティック映画祭。

ホラー映画を中心にしてファンタジー映画、SF映画などの祭典である海外のファンタスティック映画祭に、日本のマニアの人たちは羨望の目を向けてきました。
話題の最新作、あるいは定評のあるホラー映画などを、趣味を同じくする人たちとともにたっぷり鑑賞したいと願っていました。
1985年、それが日本でついに実現したのです。




「アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭」は日本のマニアたちの憧れだった

たとえば、「アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭」。
フランスにある標高約2000mの雪山のリゾート地を、映画祭の期間中、ホラー映画、ファンタジー映画、SF映画マニアたちが占拠し、「マニアのための王国」のような状況のなか、同好の士だけでファンタスティック映画の祭典を挙行していました。
集まってくる映画は話題性豊かな作品が多く、質もきわめて高いものでした(すべてではないですが)。
アヴォリアッツで賞をとり世界に飛翔していった映画人も、73年の第1回アヴォリアッツにおいて『激突』でグランプリを獲得したスピルバーグなど枚挙にいとまがありません。

そのファンタスティック映画祭が日本で初めて催されたのが1985年のことでした。
「TAKARAファンタスティック映画祭」です。




TAKARAファンタスティック映画祭(in 東京)……栃木から(勝手に)愛をこめて

1985年。
自分にとっては、もしかしたら、人生のなかでもっとも映画に熱狂していた年。
アニメと映画、この二つにどっぷりとつかっていた年。

中学生であったわたしは、映画雑誌をめくっては東京で行われようとしている、そして行われていた「第1回東京国際映画祭」のなかの一部門「TAKARAファンタスティック映画祭」(それと、「ヤングシネマ’85」で上映されたホラー映画『狼の血族』)に栃木の片すみから憧れの熱い視線を送っていたのでした。




「TAKARAファンタスティック映画祭」の会場は渋谷・東急文化会館内の渋谷パンテオン

「TAKARAファンタスティック映画祭」とそれを継いだ「東京国際ファンタスティック映画祭」は、1985年から2002年まで渋谷パンテオンで開催されていました。
そして、2003年から2005年まで場所を新宿ミラノ座に移し、2005年に東京国際ファンタスティック映画祭は幕を閉じます。

渋谷パンテオンは、渋谷駅東口に隣接する東急文化会館(2003年に閉業)の1階(地下1階、地上8階)にありました。
東急文化会館のなかには4つの劇場があり、そのなかでも渋谷パンテオンは1985年当時日本でもっとも大きくデラックスな劇場と言われていたそうです。

わたしは、東急文化会館の渋谷パンテオンが、TAKARAファンタスティック映画祭と東京国際ファンタスティック映画祭の開催劇場であることをつい最近(2020年の3月14日か15日)知りました。
中学生のころは渋谷にまったく関心などなく、ファンタスティック映画祭がやっているのは東京、という、ざっくりとした知識しかありませんでした。
たとえば興味津々の神保町なら、「なに! 古本屋の街の神保町でファンタスティック映画祭!」と激しく食いついていたのでしょうが。

このことを知ったとき、渋谷パンテオンの名を覚えていなかった自分の迂闊(うかつ)さを後悔しました。
東急文化会館と渋谷パンテオンは、かつて、自分にとってけっこう馴染みの場所だったのです。




渋谷の東急文化会館と渋谷パンテオンはそれなりに馴染みだったのだが

わたしは学生時代の6年間、大学に通うため栃木から上京して東京の西葛西に住んでいました。
このころ、記憶障害をわずらっておりまして、その療養のためにも西葛西周辺や電車で手軽に行ける各地を歩きに歩きまわるという生活を送っていました。
(内向的な性格なのに戸外を歩きまわる、自転車で走りまわるのが好きという理由もありましたが)
西葛西、葛西、神保町、高田馬場、新宿、大学周辺などとともに、渋谷の街もその一つでした。
90年代半ばのことです。

東急文化会館には大型書店(三省堂)がありまして、そこを目当てに良く行きました。
三省堂のフロアは5階でしたので、エスカレーターの横にあった渋谷パンテオン(1階)はしょっちゅう目にしていました。
しかし、ファンタスティック映画祭のことを思い出すことはありませんでした。
なにしろ、渋谷でファンタスティック映画祭が開催されていたことを知りません。
ましてや、渋谷パンテオンが会場だったことなどは。

あれだけ憧れたファンタスティック映画祭、とくに、映画少年バリバリであった85年の「TAKARAファンタスティック映画祭」の会場だと知っていれば、「ここが、あの、85年のファンタスティック映画祭の会場か」としみじみ感慨にひたっていたことでしょう。
しかし、つゆとも知らない自分は、映画の看板を目にしては「いまは、こんな映画を上映しているのか」くらいでさっさと上の階に上がっていってしまいました。




渋谷パンテオンでリュック・ベッソン監督作品『レオン』も観たのだが

映画鑑賞はレンタルビデオとTVがほとんどであまり映画館に行かない自分ですが、渋谷パンテオンで一度だけ映画を観ました。
『レオン』(日本公開は1995年3月25日~)です。
リュック・ベッソン監督作品ですが、そのリュック・ベッソンの初監督作品である『最後の戦い』はTAKARAファンタスティック映画祭招待作品の一つで、渋谷パンテオンで上映されました。
ファンタスティック映画祭の会場が渋谷パンテオンであることを知っていれば、リュック・ベッソン監督作品をゆかりのある渋谷パンテオンで観ることに懐旧の情を催していたことでしょう。

渋谷という場所柄、「やけに恋人づれが多いなあ、いや、うらやましくなんかないぞ(ちょっと、うらやましい)」などと心の中でつぶやいていることもなかったでしょう。
(それにしても、『レオン』は元恋人に裏切られて女性嫌いになったレオンが主人公、これを恋人と観て気まずくないのか?)




渋谷パンテオンと東急文化会館(他人にとってはどうでもいい)自分史

1985    「TAKARAファンタスティック映画祭」に栃木の片すみから憧れる
90年代半ば  頻繁に東急文化会館を訪れる
        頻繁に渋谷パンテオンの横を通り過ぎる
2020      渋谷パンテオンが「TAKARAファンタスティック映画祭」「東京国際ファンタスティック映画祭」の会場だということを知る




TAKARAファンタスティック映画祭全17作品

以下に、「TAKARAファンタスティック映画祭」(1985)上映の全17作品と上映スケジュールを紹介いたします。




TAKARAファンタスティック映画祭(1985)全ラインナップ

☆フェノミナ(1985、監督:ダリオ・アルジェント、出演:ジェニファー・コネリー、ダリア・ニコロディ、ドナルド・プレザンス、タンガ【チンパンジーの名優】)

☆ファイアー&アイス(1982、監督:ラルフ・バクシ、出演(声優):スーザン・ティレル、マギー・ロズウェル)

☆13日の金曜日Part5(1985、監督:ダニー・ステインマン、出演:ジョン・シェパード、シェイヴァー・ロス、メラニー・キンナマン)

☆蜀山(1983、監督:ハーク・ツィ、出演:ユンピョウ、リン・シンシャー、ジュディ・オング)

☆コールド・ルーム(1983、監督:ジェームズ・ディアデン、出演:アマンダ・ペイズ、ジョージ・シーガル)【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 審査員特別賞(1985)】

☆2つの頭脳を持つ男(1983、監督:カール・ライナー、出演:スティーヴ・マーティン、キャサリン・ターナー、デイヴィッド・ウォーナー)

☆レイザーバック(1984、監督:ラッセル・マルケイ、出演:グレゴリー・ハリスン、ジュディ・モリス、ビル・カー)

☆レディホーク(1985、監督:リチャード・ドナー、出演:マシュー・ブロデリック、ルトガー・ハウアー、ミシェル・ファイファー)

☆最後の戦い(1983、監督:リュック・ベッソン【デビュー作】、出演:ピエール・ジョリヴェ、ジャン・ブイーズ、ジャン・レノ)【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 審査員特別賞&批評家賞(1983)】

☆悪魔の密室(1983、監督:ディック・マース、出演:ハーブ・スターペル、ウィレケ・ヴァン・アメローイ)【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 グランプリ(1984)】

☆エルム街の悪夢(1984、監督:ウェス・クレイブン、出演:ヒーザー・ランゲンカンプ、ロバート・イングラム、ジョン・サクソン、ジョニー・デップ【俳優デビュー作】)【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 批評家賞(1985)】

☆ハウリング2(1985、監督:フィリップ・モラ、出演:クリストファー・リー、シビル・ダニング)

☆XYZマーダーズ(1985、監督:サム・ライミ、出演:リード・バーニー、シェリー・J・ウィルスン、ブルース・キャンベル)

☆山中傳奇(1979、監督:キン・フー、出演:シー・フン、シルヴィア・チェン、シン・チュン、ツン・リン)

☆デッドゾーン(1983、監督:デイヴィッド・クローネンバーグ、出演:クリストファー・ウォーケン、ブルック・アダムス、マーティン・シーン)【アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭 批評家賞(1984)】

☆銀河鉄道の夜(1985、監督:杉井ギサブロー、出演(声優):田中真弓、坂本千夏、堀絢子、一条みゆ希、島村佳江)

☆クリープショー(1982、監督:ジョージ・A・ロメロ、出演:ジョー・ヒル、ヴィヴェカ・リンドフォース、スティーブン・キング、レスリー・ニールセン、ハル・ホルブルック、E・G・マーシャル、トム・サヴィーニ)

【人名の表記は『SF/ホラー シティロード5月号増刊』(1985、エコー企画)を参考にいたしました】




TAKARAファンタスティック映画祭(1985) 上映スケジュール

●5/31(金)
開会式&フェノミナ

●6/1(土)
ファイアー&アイス
13日の金曜日Part5
蜀山
コールド・ルーム

【ファンタスティックナイト!(22:00~6:00)】
クリープショー
最後の戦い
エルム街の悪夢
デッドゾーン

●6/2(日)
2つの頭脳を持つ男
レイザーバック
レディホーク

●6/3(月)
最後の戦い
悪魔の密室
コールド・ルーム

●6/4(火)
ファイアー&アイス
エルム街の悪夢
ハウリング2

●6/5(水)
XYZマーダーズ
蜀山
山中傳奇

●6/6(木)
山中傳奇
XYZマーダーズ
デッドゾーン

●6/7(金)
レイザーバック
銀河鉄道の夜
閉会式&クリープショー

【『SF/ホラー シティロード5月号増刊』(1985、エコー企画)参照】

上映時間は、だいたい昼12時過ぎから夜9時くらいまで。
6月1日の土曜日だけはオールナイト上映が、夜10時から朝の6時くらいまで。

ちなみに、料金は1200円、オールナイトは2000円です。
たぶん1作品当たりの料金だと思われますが、詳細は不明です。




めくるめく夢……TAKARAファンタスティック映画祭

映画祭のあいだ、渋谷パンテオンは、世界でもっとも熱いホラー&SF&ファンタジー映画の中心でありましたでしょう。
世界でもトップクラスの話題のホラー&SF&ファンタジーな映画が、一週間、連日、惜しげもなく次から次へと上映されていたのですから。

めくるめく夢……中学生だったわたしは、栃木から熱に浮かされたように熱いまなざしを「TAKARAファンタスティック映画祭」に送っていました。



タルコフスキー……ライ麦畑じゃなくても眠らせて!(『ストーカー』(1979))


アンドレイ・タルコフスキー

眠くなる映画があります。
つまらなくて眠たくなる映画もあれば、できはいいのですが眠りたくなる映画も。

たとえば、わたしにとってアンドレイ・タルコフスキー(1932-1986、ソ連→84 亡命)は後者。
「映像の詩人」と呼ばれ、その味わい深い叙情的な自然描写で知られるタルコフスキー。
深い精神性を探求、魂の救済を追求した哲学的にして難解なタルコフスキー映画。
代表作は、『ぼくの村は戦場だった』(1962)、『惑星ソラリス』(1972)、『鏡』(1975)、『ストーカー』(1979)、『ノスタルジア』(1983)、『サクリファイス』(1986)など。




眠りたい……胎内の胎児のごとく

タルコフスキーは、観る者を眠りへと誘う監督としても有名です。
というより、映画の専門家やよほどのマニアでないかぎり、「眠らせてくれる」監督としてタルコフスキーは著名なのではないでしょうか。

冗長ともいわれる、やたら長いスローテンポなシーンが多用され、たとえば、薄暗い部屋のなかの雨漏りしている壁がえんえんと映し出されたり、走るトロッコの証明に照らし出された漆黒の地下トンネルが際限なく描出されたり。

また、セリフはほとんどなく、あったとしてもぶつぶつぶつぶつ暗闇のなかでささやきあう。
ゆっくりとした、そして生気のない口調でぶつぶつと。
また、そのさいには会話をしている人間の顔ではなく、暗い陰鬱な部屋の壁などにカメラは固定されています。

そして、タルコフスキーは水が好き。
水の音も好き。
ぴちょぴちょ、しとしと、ちょろちょろ、ぴちょんぴちょん、さびしい水の音が聴覚を独占し、壁や窓を雨水などが憂うつにしたたっています。

なんといいましょうか、その暗く静かな世界は、わたしには子宮と産道に思えるのです。
胎児がこの世にあらわれ出るときまで安住していた子宮。
この世に生まれいずるときに通る産道。
タルコフスキーがこだわる水のイメージは羊水でしょうか?

そして視聴者や観客は、一人の胎児となって眠りに落ちていく。
安心で安全な子宮と産道に眠る胎児として。

(後記:雨音は胎児が耳にする胎内音に近いという説があるそうです。
    水の音がタルコフスキーの「睡魔」の原因の一つなのかもしれませんね)




こりゃ、よく眠れる、『ストーカー』

とくに『ストーカー』(1979)は、わたしのなかで『2001年宇宙の旅』(1968)とならぶ気持ちよく「堕とされた」映画の双璧です。

この『ストーカー』、SF映画ということになっていますが特殊効果もなく、異星人との戦闘があるわけでもない。
ただ、隕石が墜落した(らしいという噂のある)地域(「ゾーン」と命名)が政府によって立ち入り禁止にされ、侵入者は銃殺されるといいます。
この隕石落下地域「ゾーン」には、なんでも願いがかなうという「部屋」が存在すると噂され、願いをかなえてもらうために命がけで「ゾーン」への侵入を主人公たちはこころみます。

『ストーカー』は、なんでも願いがかなう力をもつ存在への接触をこころみる物語ですので、神(あるいは神のような高次元の存在)をテーマにした作品です。
『スターウォーズ』のような娯楽SFではなく、神(のような存在)とのコンタクトを描いた『2001年宇宙の旅』のような哲学的映画です。
魂の救済を描いています。

テーマがそのように神学的であるため、それだけでも難解なのですが、さらに長回しが多いタルコフスキー作品の中でもとくに長回しが多いとされていて、たとえば、とめどなく暗闇のなかで男たちがぼそぼそ話し合っているといったように眠気を誘う要素に事欠きません。

そのなかでも、わたしが「堕とされた」のは地下トンネルのシーンでした。
(おそらく。
眠ってしまったので正確なことはおぼろなのです)

1985、86年のころ。
学校生活に精神的にくたくたになっていた中学生のときのことです。
深夜の映画番組で放送された『ストーカー』をビデオテープにタイマー録画していたものを、学校から帰ってきて観ていたときのことでした。

発見されたら銃殺されるなか、秘密の地下トンネルを小型のトロッコで進み「ゾーン」侵入をくわだてる「作家」「科学者」「ストーカー(密猟者という意味、作中では「ゾーン」への案内人のこと)」の男3人。
それまでさんざん「ゾーン」潜入にたいし賛成だ反対だのひそひそ話を暗闇でたっぷりされたうえで、やっと「ゾーン」へ向かいます。
そしたら、今度は、トロッコの照明にだけ照らされた狭い地下トンネルをいつ終わるともなく前へ、前へ……。

主人公たちは身動きの取れない小さなトロッコに男3人、自由に動くこともできず胎児状態。
映像はトロッコの前方照明以外は、地下の闇、闇、闇……また闇……まるで産道のような闇。

産道を進む赤子のように……いや、「ゾーン」にはなんでも願いがかなう神のごとき高次元の存在がいるのですから、むしろ出産とは逆に産道を戻っている、「この世」にではなく「あの世」へと帰ろうとしているのかもしれません。
胎児が、さらに胎児に……「ゾーン」に近づくにつれて、さらにさらに胎児に。

そうして、わたしは眠りました。
胎児のように眠りました。

起きたときにはどうだったでしょうかね、だいぶ昔のことなので忘れてしまいましたが……生ビデオテープの録画されていないザラザラの映像が映っていたでしょうか、それともビデオテープの再生が終わったあとのテレビの黒一色の画面、あるいは「砂嵐」と呼ばれるアナログテレビ特有の白い点が多数ランダムにぽつぽつと映されている映像だったでしょうか。
(ちなみに、この「砂嵐」のときテレビから流れる「シャー」という音はホワイトノイズと呼ばれており、雨音と同様、胎児が胎内で聞いていた音に近いと言われています)。

ともかく、『ストーカー』は終わっていました。

寝ているあいだに一つの物語が終わっていました。
映画には現実逃避の側面がありますが、眠りも現実からの逃避の一面があります。
その現実から離れた眠りと映画が、同時並行的に進んでいました。

不思議な気分でした。
ふだんは理性が認識している自他の区別が眠りによりつかなくなり、『ストーカー』の登場人物たちとシンクロしたような気分だったかもしれません。
まるで、自分が主人公の一人になったような気持ちになっていたかもしれません。
自分も冒険したような心持ちだったかもしれません。
(といっても、3人の男は頭の禿げたいかつい顔のおじさんたちなのですが)

気分は爽快でした。
子宮で安らいできたかのように。




いまだにわからん、『ストーカー』の結末

これで終わりです。
テープを巻き戻して、眠りについたとおぼしきところから再び鑑賞開始とかはしませんでした。
なにか、よけいな気がして。
わたしは気分良く眠れた(現実逃避できた)ことに大いに満足しました。

それきりです、『ストーカー』は。
いまでも、あのあと物語がどうなったのか知りません。
本やネットで簡単に調べることはできるでしょうが、いっさい、それはしていません。

わたしにとっての『ストーカー』は、【大検高校カット版】です。
「ゾーン」に侵入している最中に不意に眠ってしまって、それで終わり。
気分良く目覚めて、そこで終わりがわたしの『ストーカー』。

それ以外の『ストーカー』にはあまり興味がありません。
良い思い出は、思い出のままに……。
なにしろ、タルコフスキーも原作であるストルガツキー兄弟の小説『路傍のピクニック』(邦訳『ストーカー』)をだいぶ自分好みに自己解釈したようですから、どうか、おあいこということで。



『時をかける少女』(1983)【原田知世】……忘れることと忘れられることの哀しみ【※ネタバレあり】


『時をかける少女』(1983)【主演:原田知世、高柳良一】

高校二年生の芳山和子(原田知世)が愛した少年・深町一夫(高柳良一)は、西暦2660年の世界からやってきた未来人だった。
一夫は自然がほとんど絶滅した未来から、成分が必要になったラベンダーを採集しにやって来た薬学博士だった。
しかし、未来から来た人間であることを知られるわけにはいかない。
そのため和子たちの記憶を改変し、和子の幼なじみを演じる。
一夫が和子と時をともにしたのは、実際はたったの一か月。
そのあいだに、和子にとって一夫は「いつもいるんだかいないんだかわかんない」たんなる幼なじみから恋心をいだく存在にまでなり、一夫もまた和子に特別な感情をいだくようになっていた。
だが、一夫は未来に帰らなければならず、その際には自分を人々の記憶から消していかなければならない。
そのことを告げられた和子は、一緒に未来に連れて行ってもらいたい、それが駄目ならせめて一夫の記憶を胸に生きていきたいと懇願する。
しかし、例外は許されず、つぎに会うことはあっても和子は自分には気づかないと告げながら一夫は忘却の薬品を和子にかがせる。
和子は、絶対に一夫のことを忘れないと心に念じながら気を失うのだった。

11年後、薬学の研究員になっていた芳山和子は、勤務先の廊下で一人の青年とすれ違う。
和子は、その青年が一夫であることに気づかぬまま、すれ違い去っていくのだった。




一縷(いちる)の望みとちょっとだけの嘘

わずかの望みをいだいて会いに来たのでしょう。
もしかしたら、自分のことに気づいてくれるかも、と。
その一縷の望みはかないませんでした。

わずかの望みに希望を託すというのは、人生のさまざまな場面で経験することです。
家族の幸せ、恋愛、受験、などなど。
そして、想いがかなわなかったとき、ときに嘆き、ときに後悔し、ときに「やはりな」と自分にちょっとだけ嘘をつく……悲しさをやわらげるために。

一夫もまた、そうだったかもしれません。
「やはり……最初からわかっていた」と、はかない望みをいだいていた自分にちょっとだけ嘘をついたかもしれません。




忘れる哀しさ、忘れられる哀しさ

『時をかける少女』(1983)を観たのは、80年代半ば~後半。
テレビで初めて放送されたときです。
わたしが中学生か高校生のときで、和子や一夫とほぼ同年齢でした。

この『時をかける少女』のことを思い出すと、いつも決まって一つのことに行き着きます。
……愛する人に忘れられるほうがつらいのか、それとも、愛する人を忘れるのがつらいのか。
『時をかける少女』では、忘れられたのが一夫、忘れたのが和子です。

わたしは最初、忘れられるほうが悲しさは大きいと思っていました。
相手の記憶のなかから自分の存在が消えてしまうわけです。
相手の思い出のなかに自分はいない。
これはむなしい。

そもそも、自分が忘れたなら、自分が悩むことはないでしょう。
悩むもなにも、きれいさっぱり相手を忘れているわけですから、自分の心のなかに相手は存在しない……0に等しいのです。
0に悩むことはない。

しかし、いつもわたしの結論はそれとは逆になります。
愛した相手をすっかり忘れていることに気づかないのは、相手にすっかり忘れられるよりも悲しい。
そして、怖い。

あるはずの思い出が、あるはずの過去が、すっかり頭から消えている。
そして、そのことをまったく知らない。
もし、家族のことが思い出や過去の記憶からいっさい消え去ったなら、そして、消え去ったことにすら気づかないとしたら。

そう考えると、平静ではいられなくなります。
「忘れられていることを知っている」悲しさは、「なにも知らない」悲しさより、まだ救いがあるのではないでしょうか?
それとも、やはり、はなから記憶のないほうが楽で良いのでしょうか?




『時をかける少女』(1983)のラスト

久しぶりに『時をかける少女』のラストシーンを写真で見ました。
すれ違ったあとの写真。
手前には廊下をこちら側に歩く和子。
奥に、一度だけちらっと振り返り和子の背中を見つめる一夫。
思い出してもらえなかった一夫(高柳良一)の顔は寂しそうです。
かたや、正面を向いて一夫から去っていく和子(原田知世)は無表情。
なにもわからないのです。
この写真を見て、寂しそうな高柳良一より、かつて愛した人を目にしてもまったく気づかない原田知世のほうに、より哀れを感じました。
このあと、高柳良一は背中を見せて画面の奥へ去っていきます。
原田知世は最後まで、なにもわかりません。

『敦煌』(1988)……まわりはカップルばかりなり、一人は自分のみの巻



敦煌

『敦煌』(とんこう)

1988年6月25日公開。
原作:井上靖
監督:佐藤純彌
出演:佐藤浩市(趙行徳)
   中川安奈(ツルピア)
   西田敏行
   渡瀬恒彦
   柄本明
   原田大二郎


11世紀、中国。
北宋の時代。
科挙の試験に落ちた趙行徳(ちょう ぎょうとく)は自暴自棄におちいる。
そんな折り、中国の西の辺境に建国された新興国「西夏(せいか)」の文字に興味をもった行徳は、わずかな希望を胸に抱いて、はるか西方を目指す。
中国大陸の西の辺境は砂漠の大地。
行徳は砂漠に難儀しながら西夏を目指すも、途中、西夏の軍隊に捕獲されて強制的に兵士に編入されてしまう。
その西夏の軍隊は、砂漠の大地で異民族のウイグル族と抗争し、勝利し、着実に領土を拡大していく。
ウイグルに勝利したとき、偶然、行徳は逃げ遅れて身を潜めていたウイグルの王女ツルピアに出会う。
初めは敵として行徳に刃を向けたツルピアも、行徳の誠実な人柄に触れ、二人は愛し合うようになる。
しかし、この二人の出会いはのちにツルピアの死という悲劇を生む……。
大国目指して領土を拡大する西夏。
その野望は、シルクロード(後世、1877年命名)のもたらす莫大な富により繁栄する砂漠のオアシスの国・敦煌にも迫る。
そんななか、失意のどん底にいた行徳は、敦煌の文化遺産を守るため立ち上がる。
行徳たちは、仏教経典や書籍・美術品などを戦乱による破壊から守るため、敦煌城から敦煌郊外の石窟寺院(せっくつじいん)へとそれらを運び出す。
戦乱による混乱のなか、行徳たちの文化遺産を守る戦いは難渋をきわめた。
……そのおよそ900年後、1900年、敦煌郊外の莫高窟(ばっこうくつ)で歴史的に貴重な経典などが多数発見される。
誰が、なんのため、いつ、莫高窟にこれらの文献を秘匿したのかは、いまだ歴史の謎のままである。




シルクロードがブームだった

1988年は、シルクロードがブームでした。

2時間枠の特別番組が民放のゴールデンタイムでけっこう放送されていた時代です。
好評だった『NHK特集 シルクロード』も、第一部(1980~81)、第二部(1983~84)に続いて第三部(1988.4.23~89.3.26)が放送。

「なら・シルクロード博覧会」(1988.4.23~88.10.23)は入場者682万人を記録しました。

そして、井上靖のシルクロードものを中心に出版界でもシルクロード・ブームが起きていました。
映画『敦煌』は、そのような土壌で制作され、この『敦煌』がさらにシルクロードへの関心を盛り上げます。




『敦煌』を観に、宇都宮へ、劇場へ

高校2年のわたしは、7月か8月……いずれにしろ真夏に宇都宮(栃木県)に『敦煌』を観に行きました。

高校1年のとき、「進研ゼミ」の情報誌で井上靖の歴史小説の存在を知ってから、わたしは井上靖の大ファン。
大の歴史好きということもあり、『敦煌』は見逃せない作品でした。

劇場のスクリーンは、建物2階ぶんをぶち抜いたかのような大画面。
当時の栃木県の映画館では、もしかしたら、最大のスクリーンだったかもしれません。

客席も広い。
しかし、観客数はその客席を埋めるにはほど遠い人数でした。

わたしは、わりと前のほうに陣取ったのですが、上映前、観客数を確認するために後ろを振り返ると客席はすかすか。
大きな映画館に、観客が30人ほどでしょうか。
客席の空きがあまりにも多いので、指定席制ではなかったこともあり、銘々が大海のなかの離れ小島のように距離を置いて散在していました。

わたしの左右、後ろには7、8人分の空席があったのではないでしょうか。
ですから、目立つのです。
観客と観客とのあいだに大きな分断があるため、観客が一人で来たのか、連れと来たのかが。
そして、わたしにとり悲劇的だったのは、わたし以外、すべてが男女のカップルでした。
15組くらいでしょうか。
その15組30人のカップルが、離れ小島のようにそれぞれ一つ所にまとまっているのです。
一人はわたしだけ。




まわりはカップルばかり

……ちょっと、きつい。
戦力比、1:30。
30人のカップルと、一人のひとり者です。

互いへの熱い想いに焦がれる恋人たち。
(冷めている人もいたかもしれませんが)
対するは、相方のいない男子が一人。

先にも後にも、これだけ男女のカップルに占められた映画館というものを経験したことがありません。
たいがいは、一人客や女性同士、男性同士の観客がいく人かはいるものです。
これに近い状態は、東京の渋谷で『レオン』(日本では1995年公開)を観たとき。
特別割引の日でしたので観客は満員、また渋谷という場所柄デート中であろうカップルたちで館内はあふれんばかりでしたが、それでも一人客、女性同士、男性同士の観客もいたように記憶しています。

しかし、宇都宮の『敦煌』上映館内は、わたし以外、カップルばかり。
ポーカーのストレートフラッシュです。
わたしがいなければ、カップル100%のストレートフラッシュ。
しかし、わたしがいるのでカップル率100%にならず、ストレートフラッシュならず。
……こういうときは、みなさんに謝ったほうがいいですかね?(ヤケ気味)

多少は、わたしもそのとき怯みました。
『うっ、俺だけ……?』
と。

しかし、わたしは高校入学直前ごろから、「偏執的な愛情」を歴史に抱いている人間です。
恋人たちが互いへの熱い想いに燃えているとき、わたしは、まだ見ぬ敦煌……西域(せいいき/さいいき)……シルクロードへの熱い想いに燃えていたのです。
わたしの情熱は、上映前から『敦煌』にのみ向けられていました。
そして、上映中、わたしは誰にも邪魔されず、戦いと恋、絶望と希望、死と生のドラマに埋没していました。
わたしの心は、1988年の日本ではなく、11世紀の砂漠の世界へと旅をしていたのです。

入れ替え制ではなかったので、2回連続で鑑賞しました。
じつに、良い映画でした。
夏の良い思い出です。

ですから、恋人と『敦煌』を見たなら、どのような感情が芽生えたのか、そんなものにはまったく興味はありませ……やっぱり、それはありますよね。