FC2ブログ

Contents

今年もありがとうございました


来年もよろしく

















『機動戦士ガンダム』……最古のビデオ(劇場版三部作)、LD(TV版最終2話)【雑誌・ムックの画像、カセットの音声】


『機動戦士ガンダム』劇場版三部作 一年戦争をビデオソフト3本で駆け抜ける

80年代、TVアニメ全話がビデオソフトで販売されるということはほぼありませんでした。
あるのは、劇場版や総集編、または厳選された数話を収録したビデオソフト。

たとえば80年代初頭、爆発的人気のなかにあった『機動戦士ガンダム』(1979~80)は、TV版を再編集した劇場版三部作(1981~82)のビデオソフトが82年に発売されました。
家庭で録画した画質の粗い映像ではない、画質のきれいなビデオソフトで好きなとき、好きなだけ鑑賞することができるという「夢」が現実のものになりました。

機動戦士ガンダムI   17,600円(137分)【VHS】【βは14,800】
機動戦士ガンダムII  17,600円(134分)【VHS】【βは14,800】
機動戦士ガンダムIII 14,800円(140分)【VHS、β】
(参考:『アニメック』1984年1月号)

いまの感覚からすると、驚異的な高値です。
いまだと、たとえばDVDの劇場版メモリアルBOXは定価18,900円。
かつては、三部作をビデオソフトで観るには50,000円【βだと44,400円】の出費が必要でした。

しかし、当時のビデオソフトの希少価値はいまと比べものになりませんでした。
ビデオデッキの所持率もさほどでなく、ビデオソフトのラインナップも充実しているには程遠い状況。
そんな時代、手もとに憧れの作品のビデオソフトを置くことはステータスでした。
観たいときに何度でも高画質のビデオソフトを観るというのは、新鮮な喜びをもたらしてくれました。

当時のビデオソフトを手もとに置くというのは、大げさに言えば「選ばれた者の恍惚(こうこつ)」すら味わわせてくれました。
アムロやシャアたちの物語を411分(6時間51分)に凝縮した劇場版三部作を手もとに置き、心ゆくまで一年戦争を駆け抜ける。
そんな夢のような贅沢が現実のものになったのです。




『機動戦士ガンダム』最終2話 ア・バオア・クーの戦いをLDソフトでもう一度、そして何度でも

おなじ82年、ビデオではなくLD(レーザーディスク)ですが、厳選された話数を収録した『機動戦士ガンダム』のLDソフトが発売されています。
第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」
第43話「脱出」(最終回)
の2話です。

『機動戦士ガンダム』最大の戦いである最終決戦「ア・バオア・クーの戦い」を描いた42話、43話が高画質のLD映像で楽しめるのは、当時のファンの人たちにはさぞかしたまらなかったことでしょう。
たしかに、高画質のLDソフトで全話鑑賞するのがベストでしょうが、全話LDソフトは存在しておらず望むべくもありませんでした。
それなら……1話でも2話でも高画質のTV版『機動戦士ガンダム』を好きなときに好きなだけ観たいというのはファンの真情としては当然のことでしょう。
あの、一年戦争伝説の「ア・バオア・クーの戦い」TV版が観たいとき、いくどでも観られるのです。
劇場版とはまた違った魅力のあるTV版「ア・バオア・クーの戦い」が手もとに。
TV版最終2話に思い入れのある人たちにはこたえられない逸品だったでしょう。




ビデオが普及していなかった時代、雑誌やムック、カセットテープはアニメを楽しむための頼れる相棒だった、ましてやビデオソフト、LDソフトは……

だいたいにおいて、80年代初頭~中盤くらいまでは、ビデオデッキも普及しておらず、ビデオソフトやレンタルビデオの充実度もいまとくらべるとかなり厳しいものでした。
そんな便利とは言えない環境のなか、当時の『機動戦士ガンダム』ファンの方たちは、少しでもアニメ作品に近い『機動戦士ガンダム』を目いっぱい楽しもうとしていました。
かつて読んだ『ラポートデラックス 機動戦士ガンダム 宇宙世紀』(アニメック特別編集 ラポート発行)などには、その涙ぐましい努力……いや、喜びがさまざま紹介されていました。
たとえば……。

音声をカセットテープに録音するとか。
もちろん、映像はありません。
しかし、ビデオが普及していなかった当時、それは『機動戦士ガンダム』を楽しむ有力なツールだったのです。
アムロやシャアやフラウやセイラたちの声。
華麗な、あるいは緊迫感を盛り上げるBGM。
ビームライフルの発射音やマシンガン、バズーカなどの発砲音、MS、艦艇などの推進音や爆発などの効果音。
それらを耳にしながら、目を閉じてまぶたの裏に『機動戦士ガンダム』の光景を思い浮かべるのは、ラジオドラマ『ガンダム』のような興奮があったことでしょう。

作中のダイジェスト画像が豊富な雑誌や書籍を見ながら、『機動戦士ガンダム』に思いをはせるという手もあります。
『OUT』(みのり書房)や『アニメック』(ラポート)などのアニメ雑誌、『機動戦士ガンダム記録全集』(日本サンライズ)や『テレビマガジンデラックス 機動戦士ガンダム ストーリーブック』(講談社)、『ロマンアルバム・エクストラ 機動戦士ガンダム』(徳間書店)などなど。

なにしろ、かつての雑誌やムックの画像の役目の1つは、ビデオやDVD、BDなどが普及していない時代にいつでも「作中の絵」を楽しむことでした。
ビデオデッキをもっていたとしても、ビデオソフトのラインナップはかなり限られていて、レンタルビデオは店舗が少なく、あったとしてもお店の品ぞろえは薄く、しかも、レンタル料金ですらけっこうバカみたいに高価でした(レンタル1本800円などはザラで、1500円なんてのもあった記憶が……)。

そのような状況ですから、作中の画像などは重宝されました。
なかには、『機動戦士ガンダム』が放送されない地域、見逃してしまいそのあと再放送されない地域もあり、その方たちにとっては雑誌やムックのダイジェスト画像が「初めて見るガンダム」であったりもしたわけです。

そんななか、劇場版三作品をビデオソフトで、TV版最終2話をLDで鑑賞することの愉悦というのはいかばかりであったでしょう。



『超時空要塞マクロス』ビデオソフト(1983年発売) 【第27話「愛は流れる」】


かつて、TVアニメの全話ビデオソフトはなかった

80年代、TVアニメ全話がビデオソフトで販売されるということはありませんでした。
そんな時代、当時としては高画質のビデオソフトで映像を楽しむには、劇場版や総集編、厳選された数話が収録されたビデオソフトを鑑賞するといった方法が取られていました。

たとえば『機動戦士ガンダム』(1979~80)は、82年にビデオソフトで劇場版三部作(1981~82)が、これも82年にLD(レーザーディスク)で厳選された話数が収録されたLDソフトが発売されました。

ビデオソフト(劇場版三部作)。
機動戦士ガンダムI   17,600円(137分)【VHS】【βは14,800】
機動戦士ガンダムII  17,600円(134分)【VHS】【βは14,800】
機動戦士ガンダムIII 14,800円(140分)【VHS、β】
(参考:『アニメック』1984年1月号)

LDソフト(2話収録)。
第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」
第43話「脱出」(最終回)




『超時空要塞マクロス』ビデオソフト(1983)……「マクロススペシャル」「リン・ミンメイスペシャル」

『超時空要塞マクロス』(1982~83)も、厳選された話数を収録したビデオソフトが83年に発売されています。
全2巻。
1巻に2話収録。
あわせて4話。

第1話「ブービー・トラップ」
第2話「カウント・ダウン」
【『超時空要塞マクロス マクロススペシャル』12,800円(60分)】

第4話  「リン・ミンメイ」
第27話「愛は流れる」
【『超時空要塞マクロスII リン・ミンメイスペシャル』12,800円(60分)】

(参考:『アニメック』1984年1月号)




第27話「愛は流れる」【『超時空要塞マクロスII リン・ミンメイスペシャル』(1983)】

最終回の第36話「やさしさサヨナラ」はラインナップのなかに入りませんでした。
締めに当たる重要な最終回が収録されていないことに、かつて、ちょっと違和感をおぼえました。
中途半端なところで終わった感が否めません。

しかし、『超時空要塞マクロス』の場合、それは正解なのかもしれません。
第27話で第一部が終わり、第28話から最終回までが第二部なのですが、この第二部の評判があまり芳しくないのです。
27話できれいな形で一応の決着がついたのに、第二部は「よけい」な付け足しと思われていました。
内容が煮詰まっておらず、付け焼刃的と作画を担当した板野一郎は評しています(『WEBアニメスタイル』板野一郎(4))。
ヒロインのリン・ミンメイが人気のピークを過ぎた歌手として描かれているのも、ファンの気持ちを暗いものにさせたかもしれません。
その第二部の最終話である「やさしさサヨナラ」も、盛り上がるに欠ける中途半端な最終回でした。

第一部の最終話である27話「愛は流れる」がきわめて評価が高いため、よけいその粗が目立ちました。
著名なアニメーターである結城信輝は「愛は流れる」を観て、河森正治の話づくりの素晴らしさ、美樹本晴彦・庵野秀明・板野一郎たちの作画レベルの高さからアニメーターになる最終的な決心をしたといいます(『WEBアニメスタイル』第11回 結城信輝・千羽由利子対談(4))。
第二部に否定的な作画の板野一郎は、「愛は流れる」が本当の最終回だと思っているとインタビューで真情を吐露していました(『WEBアニメスタイル』板野一郎(4))。

また、「愛は流れる」はかつてアニメ界最高の賞であった「アニメグランプリ」(『アニメージュ』主催)の第六回アニメグランプリ(1983年)で、一年間に放送されたすべてのアニメ作品のなかから「サブタイトル部門」グランプリを獲得する栄誉に浴しています。

小学生だったわたしも、この「愛は流れる」には感動しました。
ストーリー、作画、音楽、演出などなど、あらゆるものが高い次元でバランスしていました。
とくに、ミンメイに失恋した輝が、ミンメイの『小白竜(シャオパイロン)』をバックにゼントラーディーとの戦いに突入していくシーンはロボットアニメ屈指の名場面だと思います。
ゼントラーディ―の地球攻撃のさい、花屋の前で小さい女の子とお喋りをしていた地球軍兵士が爆発・爆風からとっさに女の子を身をていしてかばうシーンも印象深いものでした。

「愛は流れる」が収録されている『リン・ミンメイスペシャル』は、アニメ雑誌の広告を目にするたびに気になって気になってしかたありませんでした。
しかし、2話で12,800円は高価すぎます。
とても買えるしろものではありません。
ただ、家庭のビデオデッキで録画した粗い映像ではない、クオリティの高いビデオソフトで「愛は流れる」を筆頭とする全4話を観られたらどんなにすばらしいことだろうと夢をふくらませていたものです。




ビデオソフトはステータスだった

当時としては最高峰に近い高画質であるビデオソフトで、好きな作品を、好きなときに、好きなだけ観られるというのは贅沢なことでした。
ビデオソフトを手もとに置いておくことがステータスでした。

いまでこそ、TVアニメは全話映像ソフト化が当たりまえ。
その基準からいくと、全36話のうち4話しか収録していないのは不完全燃焼の感がぬぐえません。
全編通して観るのがベストでしょう。
しかし、それはかつて夢でした。
全話収録のビデオソフトがなかった当時は全話でないのが当たりまえ。
1話でも2話でも、高画質のビデオソフトでお気に入りの作品を鑑賞したいとファンは願っていました。
全話に程遠くとも、厳選された話数収録の高画質のビデオソフトへの憧れはとても強いものがありました。



『機動戦士ガンダム』(1979) 人気が出たのは再放送? 本放送終盤?


『機動戦士ガンダム』 本放送は視聴率低迷

『機動戦士ガンダム』はアニメ史上に残る大ヒットを記録しました。
しかし、本放送は多難な船出でした。
初回放送時の視聴率は名古屋地区で平均9.1%、関東地区で平均5.3%。
79年当時、視聴率15~20%のアニメ作品がかなりあったことを考えると、かんばしい数字でないことはあきらかです。




『機動戦士ガンダム』 打ち切り

勧善懲悪が定番だった当時のロボットアニメにおいて、戦争という難しい題材をテーマにした『機動戦士ガンダム』は子供受けが良くありませんでした。
子供受けしないといえば、内気なアムロは子供から見れば頼りないお兄ちゃん。
シャアはシャアで、「陰気なキャラクター」、だから視聴率が低迷しているのだとスポンサーからクレームを受ける羽目に。
そのため、二度と登場の機会のない永久追放処分として、第12話「ジオンの脅威」においてガルマを護ることができなかったという名目のもとに体よく左遷されたとも言われています。
(しかし、ファンの人たちからの熱狂的な抗議によって第26話「シャアの復活」から再登場)

玩具の売れ行きも低調で、スポンサーのクローバーは打ち切りを決定しました。
全52話から43話へと短縮されてしまったのです。




『機動戦士ガンダム』 ガンダム人気の起源

しかし、『機動戦士ガンダム』の人気は上向いていきます。
しかも急速に。
マニア層には絶大な人気が当初からありましたが、それが一般にも広がっていったのです。
いつのころからなのか?
これには、少なくとも2説あります。

☆本放送終盤
☆再放送




『機動戦士ガンダム』 再放送で爆発的人気……

一般に広く流布しているのは再放送説。

放送終了後も、アニメ雑誌において『機動戦士ガンダム』は特集されていました。
子供には人気がなかった『ガンダム』でしたが、アニメ雑誌を読むような中高生以上の層には熱狂的な支持を受けていたのです。
これら中高生の口コミなどで『ガンダム』への関心が高まり、再放送で平均視聴率10%超え、その後の再々放送などでは81年の関東地区で平均17.9%、82年には名古屋地区で平均25.7%/最高視聴率29.1%にまで到達しました。

本放送終了(1980年1月26日)からほぼ6ヵ月後の1980年7月19日、ガンダムのプラモデルが発売されました。
「1/144 ガンダム」を皮切りに、続々とガンプラが世に送り出されていきます。
ガンプラは爆発的な売り上げを記録。
それまでガンダム関連で発売されていた純然たる児童向けおもちゃとはちがい、兵器としてのリアリティーがあるちょっと大人なガンプラは中高生以上にも受け入れられました。

かつてはその難解さに背を向けていた子供たちも、中高生以上のファンの人たちの狂熱に引っ張られるかのように『ガンダム』とガンプラのとりこになっていきました。




『機動戦士ガンダム』 本放送終盤には人気……

しかし、その再放送説は勘ちがいやデマだとするのが本放送終盤説です。

たしかに前半の視聴率は満足のいくものではなく、いったん打ち切りが決まりました。
しかし、終盤になり人気が出て、スポンサーのクローバーから延長の打診すらなされていたといいます。
(一説には、79年の年末商戦で「DX合体セット」が好調な売れ行きを示し、クローバーは慌ててサンライズに延長を打診したともいいます)
ただ、すでに打ち切り前提の構成で物語は進んでいて修正は困難、次の番組の準備もあり、延長のオファーには応じられなかったのだそうです。

これは事実なのでしょうか?

それを裏打ちするかもしれない証拠もあります。
バンダイは、1979年12月、『機動戦士ガンダム』のプラモデル商品化権を取得しました。
『機動戦士ガンダム』はすでに終盤。
打ち切りが決定したあとにです。
しかし、バンダイは低視聴率による打ち切り決定後、人気が盛り上がっていくことを実感し、売れると確信して商品化権を取得したといいます。
バンダイは、『機動戦士ガンダム』終盤にはガンダム人気にそれなりの手応えをつかんでいたようなのです。
そして、1980年7月19日に初のガンプラを発売し、そのもくろみどおりにガンプラを大ヒットさせました。



『機動戦士ガンダム』を支えた小さな巨人……アニメック

また、『機動戦士ガンダム』の人気を盛り上げた立役者の一人として、本放送のときから一貫して『ガンダム』商品を展開していたラポート(2003年 倒産)の存在も忘れてはならないでしょう。
ラポートは、いまはなきアニメグッズ専門店「アニメック」(2007年12月末 新規受注を停止)を経営し、いまはなきアニメ雑誌『アニメック』(1987年2月 休刊)を発行していました。

アニメファンの盛り上がりをいち早くつかんだラポートは、本放送時すでに積極的にガンダム商品を展開、アニメ雑誌『アニメック』でも頻繁に特集を組みました。

発行部数はさほどではありませんでしたが、マニア度の濃い(濃すぎ)『アニメック』は熱心なファンの盛り上がりに少なからぬ貢献をしました。
発行部数の少ない『アニメック』、小さな巨人として『ガンダム』の縁の下を良く支え続けました。




『機動戦士ガンダム』 再放送/本放送終盤

おそらく、再放送説のほうが圧倒的に有名でしょう。
わたしもいままで目にしてきたのは、再放送でファン層以外にも人気に火がついたというものばかりでした。
しかし、本放送終盤のさまざまな動きを見てみると、本放送終盤説も見過ごせないのかもしれないなあ、などと思いなしてしまうのです。