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『ダロス』……「ダロス」は地球からは見えない月の裏側にいる神?


史上初のOVAは『ダロス』第一話でなく『ダロス』第二話というちょっと中途半端なことに

最近(2020.1.2)、史上初のOVA『ダロス』(1983-84、全四話)の第一話「リメンバー・バーソロミュー」(84)を観ました。

(ちなみに、第一話は1984年1月28日発売。
第一話が戦闘シーンなどにとぼしく地味すぎるということで、83年12月21日に第二話「ダロス破壊指令!」が先に発売されました。
そのため、記念すべき史上初のOVAは『ダロス』第一話でなく『ダロス』第二話という、ちょっと中途半端なことになってしまいました)

【※「ダロス」についてネタバレあり】




「ダロス」は太古より存在する月の裏側の荒ぶる神か?

『ダロス』では、月の裏側に太古より存在する、どのような文明が築いたのかさだかでない巨大機械構造物「ダロス」が存在していて、21世紀末、地球に支配され搾取された月の住民(ルナリアン)たちは心のよりどころとして「ダロス」を神のように崇めていました。

この「ダロス」、じつは、地球の人間のみならずルナリアンにとってもとんでもない……神のなかでも暴神ともいうべき恐るべき存在でした。
攻撃されると防衛機構が発動して、相手を破壊しつくすのです。

地球連邦政府の圧政と搾取にたいし、階級闘争の革命をはじめたルナリアン。
その抵抗のシンボルである「ダロス」を、地球連邦軍は破壊しようとしました。
そのとき防衛機構が発動、あろうことかその攻撃は敵である地球連邦の軍人だけでなく、自分を神のごとく崇めるルナリアンにも向けられたのです。
怒りに我を忘れると手がつけられなくなる「荒ぶる神」のように、「ダロス」の攻撃は見境のないものでした。

ちょっと、『伝説巨神イデオン』(1980-81)の伝説の無限力である「イデ」に似ています。
ただ、第一話の段階ではちょっとだけその巨体を見せたにすぎません。
「ダロス」が目覚めるのは、まだもうちょっと後のことになります。




地球からは見えない月の裏側には、なにかがいる……

それにしても、月の裏側とは魅力的です。
太古からある巨大な機械がいまの我々に未知の存在であるのは、月は地球にたいして絶えず表側を向けていて、どうあっても月の裏側を地球からは目視できないからです。
ですから、月の裏側にはなにがあるかわかりません。

80年代にアメリカのSFドラマで『V』(1983)という作品がありましたが、月の表側はいたって平穏なのですが、カメラがゆっくり月の裏側にまわっていくと、そこには地球侵略を策するヒト型爬虫類の異星人の宇宙船大艦隊がびっしり集結しているというシーンがありました。
これなども、地球からは目視できない月の裏側にはなにがひそんでいるかわからないぞ、という心理をうまく利用した描写でした。

そして、「ダロス」もまた、この見えないからこそ想像がふくらむ心理をうまくつきました。
地球から見えない月の裏側だからこそ、神とも怪物ともつかぬ得体の知れないものが太古から眠りつづけているという説得力を生みだしえたのでしょう。

月は夜の女王。
しかし、女性の裏の顔は本当はおそろしいものなのかもしれません。
(おそろしいので、ここでは、「そんなことないよ」と言っておきますが……)



月ってどんなところ? アニメなど空想世界における月世界(『ダロス』『メガゾーン23 III』etc.)


月は夜の女王

わたしは廊下でごはんを食べています。
夜も、電気をつけずに廊下で。
廊下は、正面に明かり取りのはめ殺しの窓があって、なかなかに開放感があるのがなかなかなのです。

その明り取りの窓に、1月9日、10日と美しい満月(あるいは満月に近い月)が顔をのぞかせていました。
食事どきに月が明かり取りの窓から見えるのは、そう頻繁にはありません。
とくに満月は。

夜空を圧する夜の女王のかがやきは、圧倒的な美しさでした。
白く、青白く、しかしどこか赤く、黄色くもある夜空に君臨する女王。




月をめぐるOVA……ダロス、メガゾーン23 III

最近(1月1日、2日)、月が関係した作品を2つ観ましたので、なかなかに感慨深いものがありました。
一つは『メガゾーン23 III』(1989)。
一つは『ダロス』(1983-84)第1話(全4話)「リメンバー・バーソロミュー」(1984)。

『メガゾーン23 III』の前作『メガゾーン23PartII 秘密く・だ・さ・い』で、数百年前に自らの手で地球を死滅させ新たな居住地を求めて地球を脱出した人類、その人類が再び地球に帰郷して住むにふさわしいかどうかの裁定をまかされた巨大コンピュータ「A.D.A.M.」(月に存在)が、『メガゾーン23』『メガゾーン23PartII』の舞台であった巨大都市宇宙船「MZ23」を地球帰還の条件を満たしていないと判断、月の防衛システムによる一斉攻撃で「MZ23」を崩壊させました。
『メガゾーン23 III』は、その数百年後の物語です。

『ダロス』は21世紀末の月の裏側が舞台。
そこで支配され搾取される月の住人(ルナリアン)と、支配し搾取する地球の軍隊が本格的な階級闘争をはじめようとしています。
地球に顔を向けることのない月の裏側には、「ダロス」と呼ばれる太古から存在する巨大な機械構造物が眠りについています。
いかなる文明が築いた機械構造物であるか不明な「ダロス」。
この「ダロス」、人類にとってとんでもないものであることが後々明らかになります。
しかし、1話の時点では、地球の圧政に苦しむ月の住民は心のよりどころとして「ダロス」を神のごとく崇めていました。

ワインを飲み、酔いもまわっていたものですから、心にくるものがありました。
作品もすばらしかった。
かつ、『メガゾーン23 III』は89年に鑑賞して以来、およそ30年ぶりの再会。
『ダロス』は史上初のOVAということで、83~84年あたりにかけて大々的にアニメ雑誌などで広告を展開していました。
ビデオソフトが欲しかったのですが、高くて手が出ませんでした。
憧れの作品でした。
二つとも、懐かしのアニメなのです。

心にぐっときました。




月ってどんなところ?(アニメなど空想世界における月世界のほんの一例)

地球からは決して見ることのできない月の裏側には、謎の文明が太古に残していった巨大機械構造物「ダロス」が眠り(『ダロス』)

月の裏側の都市グラナダでは、バーニィがサイクロプス隊の面々と初顔合わせをし、そのあとサイド6の「リボーコロニー」へと二度と還ることのない任務に旅立ち(『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』)

地球連邦軍の脱走兵が月面都市フォン・ブラウンをさまよい、ジャンク屋のおやじの世話になり(『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』)

月の裏側にある月面都市アンマンでは反地球連邦組織エゥーゴが策動し(『機動戦士Zガンダム』)

月の表側の月面都市フォン・ブラウンではエゥーゴとティターンズの大規模な戦闘が起き(『機動戦士Zガンダム』)

月面都市フォン・ブラウンの公園では、敵同士なのになぜかアイスクリームを食べながらサラとカミーユが人生相談(恋愛相談?)をはじめ、しかもあろうことか、あのパリパリサクサクの甘く香ばしいコーンを二人とも食べずにダストボックスに捨ててしまうというもったいないことをし(『機動戦士Zガンダム』)

地球侵攻を進める異星人「グラドス」が放った無人の戦闘機械スカルガンナーの大軍が、人類の月基地を廃墟と化せしめ(『蒼き流星SPTレイズナー』)

ムーンベースではマルスベースとともに、異星生命体「インビット」に奪われた地球を奪還するために軍人たちが地球に降下しようとしていて(『機甲創世記モスピーダ』)

巨神打倒に失敗したギジェ・ザラルはダラムに見捨てられ、月面に置き去りにされ(『伝説巨神イデオン』)

サテライトキャノンのエネルギー源であるスーパーマイクロウェーブを送信する太陽光発電施設があり、その中枢にはアフターウォー世界のファーストニュータイプであるD.O.M.Eが意識体として存在しており(『機動新世紀ガンダムX』)

女王ディアナ・ソレルのもと月の民(ムーンレイス)が高度な文明を築いていて(『∀ガンダム』)

月面のタブハベースで建造されたエヴァンゲリオンMark.06(マークシックス)が地球へと降臨し(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』)

月の防衛システムは強大な敵であったデザルグを消滅させ、次いでその矛先を向けられたMZ23も崩壊してゆき(『メガゾーン23 PART II』)

地球を監視するため超高度文明の異星から派遣された7人の男女が月基地に駐在し(『ぼくの地球を守って』マンガ)

植民地である月は地球からの独立を夢見て革命に立ち上がり(『夜は無慈悲な夜の女王』小説)

満月を目にして狼人間は狼に変身し(『狼男アメリカン』『ハウリング』『狼の血族』など)

月のティコクレーターでは地下から謎の物体「モノリス」が発見され(『2001年宇宙の旅』映画)

アポロ13号は、月着陸をめざすもその願いかなわず任務を遂行できぬまま地球に帰還し(『アポロ13』映画)

地球侵略をくわだてるヒト型爬虫類の異星人が、地球からは目視することができない月の裏側に秘密裏に大艦隊を集結させていて(『V』ドラマ)

超獣ルナチクスに滅ぼされるまで高度な文明が繁栄し(『ウルトラマンA』特撮)

……。

これらは、ほんの一例です。
月では過去になにが起きたのでしょうか、そしていまなにが起きているのでしょうか、かつ未来にはなにが起きるのでしょう。
日本全国で同時に少なからぬ人たちが目にしている月、それらの人たちと同じ時を共有しつつ、それらのことを夢想するのもまた一興ではないでしょうか。



タルコフスキー……ライ麦畑じゃなくても眠らせて!(『ストーカー』(1979))


アンドレイ・タルコフスキー

眠くなる映画があります。
つまらなくて眠たくなる映画もあれば、できはいいのですが眠りたくなる映画も。

たとえば、わたしにとってアンドレイ・タルコフスキー(1932-1986、ソ連→84 亡命)は後者。
「映像の詩人」と呼ばれ、その味わい深い叙情的な自然描写で知られるタルコフスキー。
深い精神性を探求、魂の救済を追求した哲学的にして難解なタルコフスキー映画。
代表作は、『ぼくの村は戦場だった』(1962)、『惑星ソラリス』(1972)、『鏡』(1975)、『ストーカー』(1979)、『ノスタルジア』(1983)、『サクリファイス』(1986)など。




眠りたい……胎内の胎児のごとく

タルコフスキーは、観る者を眠りへと誘う監督としても有名です。
というより、映画の専門家やよほどのマニアでないかぎり、「眠らせてくれる」監督としてタルコフスキーは著名なのではないでしょうか。

冗長ともいわれる、やたら長いスローテンポなシーンが多用され、たとえば、薄暗い部屋のなかの雨漏りしている壁がえんえんと映し出されたり、走るトロッコの証明に照らし出された漆黒の地下トンネルが際限なく描出されたり。

また、セリフはほとんどなく、あったとしてもぶつぶつぶつぶつ暗闇のなかでささやきあう。
ゆっくりとした、そして生気のない口調でぶつぶつと。
また、そのさいには会話をしている人間の顔ではなく、暗い陰鬱な部屋の壁などにカメラは固定されています。

そして、タルコフスキーは水が好き。
水の音も好き。
ぴちょぴちょ、しとしと、ちょろちょろ、ぴちょんぴちょん、さびしい水の音が聴覚を独占し、壁や窓を雨水などが憂うつにしたたっています。

なんといいましょうか、その暗く静かな世界は、わたしには子宮と産道に思えるのです。
胎児がこの世にあらわれ出るときまで安住していた子宮。
この世に生まれいずるときに通る産道。
タルコフスキーがこだわる水のイメージは羊水でしょうか?

そして視聴者や観客は、一人の胎児となって眠りに落ちていく。
安心で安全な子宮と産道に眠る胎児として。

(後記:雨音は胎児が耳にする胎内音に近いという説があるそうです。
    水の音がタルコフスキーの「睡魔」の原因の一つなのかもしれませんね)




こりゃ、よく眠れる、『ストーカー』

とくに『ストーカー』(1979)は、わたしのなかで『2001年宇宙の旅』(1968)とならぶ気持ちよく「堕とされた」映画の双璧です。

この『ストーカー』、SF映画ということになっていますが特殊効果もなく、異星人との戦闘があるわけでもない。
ただ、隕石が墜落した(らしいという噂のある)地域(「ゾーン」と命名)が政府によって立ち入り禁止にされ、侵入者は銃殺されるといいます。
この隕石落下地域「ゾーン」には、なんでも願いがかなうという「部屋」が存在すると噂され、願いをかなえてもらうために命がけで「ゾーン」への侵入を主人公たちはこころみます。

『ストーカー』は、なんでも願いがかなう力をもつ存在への接触をこころみる物語ですので、神(あるいは神のような高次元の存在)をテーマにした作品です。
『スターウォーズ』のような娯楽SFではなく、神(のような存在)とのコンタクトを描いた『2001年宇宙の旅』のような哲学的映画です。
魂の救済を描いています。

テーマがそのように神学的であるため、それだけでも難解なのですが、さらに長回しが多いタルコフスキー作品の中でもとくに長回しが多いとされていて、たとえば、とめどなく暗闇のなかで男たちがぼそぼそ話し合っているといったように眠気を誘う要素に事欠きません。

そのなかでも、わたしが「堕とされた」のは地下トンネルのシーンでした。
(おそらく。
眠ってしまったので正確なことはおぼろなのです)

1985、86年のころ。
学校生活に精神的にくたくたになっていた中学生のときのことです。
深夜の映画番組で放送された『ストーカー』をビデオテープにタイマー録画していたものを、学校から帰ってきて観ていたときのことでした。

発見されたら銃殺されるなか、秘密の地下トンネルを小型のトロッコで進み「ゾーン」侵入をくわだてる「作家」「科学者」「ストーカー(密猟者という意味、作中では「ゾーン」への案内人のこと)」の男3人。
それまでさんざん「ゾーン」潜入にたいし賛成だ反対だのひそひそ話を暗闇でたっぷりされたうえで、やっと「ゾーン」へ向かいます。
そしたら、今度は、トロッコの照明にだけ照らされた狭い地下トンネルをいつ終わるともなく前へ、前へ……。

主人公たちは身動きの取れない小さなトロッコに男3人、自由に動くこともできず胎児状態。
映像はトロッコの前方照明以外は、地下の闇、闇、闇……また闇……まるで産道のような闇。

産道を進む赤子のように……いや、「ゾーン」にはなんでも願いがかなう神のごとき高次元の存在がいるのですから、むしろ出産とは逆に産道を戻っている、「この世」にではなく「あの世」へと帰ろうとしているのかもしれません。
胎児が、さらに胎児に……「ゾーン」に近づくにつれて、さらにさらに胎児に。

そうして、わたしは眠りました。
胎児のように眠りました。

起きたときにはどうだったでしょうかね、だいぶ昔のことなので忘れてしまいましたが……生ビデオテープの録画されていないザラザラの映像が映っていたでしょうか、それともビデオテープの再生が終わったあとのテレビの黒一色の画面、あるいは「砂嵐」と呼ばれるアナログテレビ特有の白い点が多数ランダムにぽつぽつと映されている映像だったでしょうか。
(ちなみに、この「砂嵐」のときテレビから流れる「シャー」という音はホワイトノイズと呼ばれており、雨音と同様、胎児が胎内で聞いていた音に近いと言われています)。

ともかく、『ストーカー』は終わっていました。

寝ているあいだに一つの物語が終わっていました。
映画には現実逃避の側面がありますが、眠りも現実からの逃避の一面があります。
その現実から離れた眠りと映画が、同時並行的に進んでいました。

不思議な気分でした。
ふだんは理性が認識している自他の区別が眠りによりつかなくなり、『ストーカー』の登場人物たちとシンクロしたような気分だったかもしれません。
まるで、自分が主人公の一人になったような気持ちになっていたかもしれません。
自分も冒険したような心持ちだったかもしれません。
(といっても、3人の男は頭の禿げたいかつい顔のおじさんたちなのですが)

気分は爽快でした。
子宮で安らいできたかのように。




いまだにわからん、『ストーカー』の結末

これで終わりです。
テープを巻き戻して、眠りについたとおぼしきところから再び鑑賞開始とかはしませんでした。
なにか、よけいな気がして。
わたしは気分良く眠れた(現実逃避できた)ことに大いに満足しました。

それきりです、『ストーカー』は。
いまでも、あのあと物語がどうなったのか知りません。
本やネットで簡単に調べることはできるでしょうが、いっさい、それはしていません。

わたしにとっての『ストーカー』は、【大検高校カット版】です。
「ゾーン」に侵入している最中に不意に眠ってしまって、それで終わり。
気分良く目覚めて、そこで終わりがわたしの『ストーカー』。

それ以外の『ストーカー』にはあまり興味がありません。
良い思い出は、思い出のままに……。
なにしろ、タルコフスキーも原作であるストルガツキー兄弟の小説『路傍のピクニック』(邦訳『ストーカー』)をだいぶ自分好みに自己解釈したようですから、どうか、おあいこということで。



ダマエ……嫁入りする娘のために奮闘し戦死したバッフクラン(『伝説巨神イデオン』)


ダマエ

『伝説巨神イデオン』(1980-81)のダマエをご存じでしょうか。

初老のバッフクランの軍人。
階級はゾウト(平民/足軽)。
慎重な男だったが、嫁入りする娘に少しでも楽な生活をさせたいとカララ救出のソロシップへの決死隊に志願。
ソロシップに突入したギジェとズダカの陽動隊として、ソロシップ船外でガダッカをあやつり奮闘するも爆死。




無名のダマエ

おそらく、第3話のみに登場するダマエのことは、かなりの『イデオン』マニアの方でもご存じないのではないでしょうか。
かくいうわたしも、『ラポートデラックス4 伝説巨神イデオン大事典』(ラポート/1982年発行)でその名を目にするまではまったく存じ上げておりませんでした。
かつ、この書籍以外でダマエのくわしい記述を目にしたことはありません。
あまつさえ、アニメムックの大名門である「ロマンアルバム・エクストラ」では、おなじく第3話にのみ登場し、いっしょにソロシップと戦ったズダカという青年と設定画が入れ替わっているのです。
それだけ、存在感の薄い人物ということなのでしょう。
じっさい、痩せた平凡な容姿をした初老の男子なのです。



英雄ダマエ

このダマエがわたしの琴線に触れたのは、「慎重派の男」であるにもかかわらず「嫁入りする娘のために、少しでも楽にしよう」と「決死隊に志願」し、戦死してしまったことです。
娘のために無理したすえに戦死してしまうというのは悲しいことですが、じっさいにどれだけの人が家族のためを想って無茶をし、そして不幸になっていったことでしょうか。
ダマエの志願動機に、わたしはおそろしいまでのリアリズムを感じてしまうのです。

おなじ富野作品の『機動戦士ガンダム』(1979-80)でも、ランバ・ラルは、「わしの出世は部下たちの生活の安定につながる」「お前(ハモン)のためでもある、ザビ家により近い生活ができる」と流れ星が流れる澄んだ星空のもと、中央アジアのタクラマカン砂漠で内縁の妻であるハモンにそう語りかけていました。
ダマエとランバ・ラルには共通した、「より良い生活のため」という戦う動機がありました。
そして、二人とも、その戦いのために亡くなりました。

悲しいことですが、家族思いがダマエに死をもたらしました。
しかし、そんなダマエを、わたしは英雄だと思うのです。
功成らず、名を遂(と)げることもありませんでしたが、家族のために見せた勇気はわたしには英雄以外のなにものでもありませんでした。




ダマエ 全セリフ

☆指揮官であるギジェが決死隊の志願者を前にして
ギジェ「ダマエ……慎重派のお前が、どうした?」
ダマエ「わたしもそろそろ体が効かなくなります。それに……」
ギジェ「そうか。嫁に行く娘さんのために、最後の一旗を挙げようというのだな? がんばってくれ」
ダマエ「はっ! ありがとうございます」

☆ソロシップ船外で陽動隊としてガダッカで奮闘して
ダマエ「こいつ!」

☆カービアン・クロッサスの機銃を受けて爆死するとき
ダマエ「うぉぉっ!」

(声優:戸谷公次【ダマエ】
    林一夫 【ギジェ・ザラル】)



『ラポートデラックス4 伝説巨神イデオン』の「人名事典」の【ダマエ】全文

(抜粋:『ラポートデラックス4 伝説巨神イデオン大事典』ラポート 1982年発行)

ダマエ(3話) 戸谷公次
ザラル家のゾウト。慎重派の男だったが、嫁入りする娘のために、少しでも生活を楽にしようと、ギジェの呼びかけるカララ救出の決死隊に至願(志願)した初考(初老)の男。ソロシップに突入したギジェとズダカの陽動隊として、船外でガタッカを操り奮闘したが、カービアン・クロッサスの機銃を受けて爆死してしまった。娘の名はミヤヤ。