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短くて小さな模型屋さん……お店に入ったこともなく、お店の人の顔も知らず、それでも今でも気になるお店





気になるプラモデル屋さんが、ありました。


中に入ったこともなく、お店の人とも面識がなく、外からあやしまれない程度にそっと店舗の中を2度ほど覗いた程度。
店の大きさは商売をやるのには最低限の大きさといいましょうか、小さめの駄菓子屋さんといったような面積でした。
3~5ヶ月ほどで店じまいしたお店なのですが、いまでもお店の人はどうしたのかなと時たま考えます。


正確な年度はおぼえていませんが、MGネモが店の棚に積まれている情景をよくイメージしていましたので、MGネモ発売の2006年頃のことだったと思います。





個人経営の大変さ


栃木県の人口10万人前後の我が市からは、いまや(2018年)、イオンやゲオなど大型店からプラモデル売場が撤退してしまいました。
より正確に言えば、ガンプラが撤退してしまいました。
イオンやゲオなど大型店のプラモデルは、ほとんどがガンプラでした。
そのガンプラが、大型店からつぎつぎと姿を消しています。
リサイクルショップも、ガンダムをはじめとするリアルロボットものの栄華はいまは昔、売り場は整理縮小され、しなぞろえはか細いものになってしまいました。


しかし、2000年代は、常に2割引でガンプラが販売されているなど、ホビー市場はかなり華やかな時代でした。


大資本を武器に、2割引が通常という価格設定の店を相手にするのですから、個人経営の小さな模型屋さんは大変です


80年代前半のガンプラブームの終焉から、リアルロボットアニメが退潮していった80年代半ばまでに、市内の個人経営のお店はほとんど店じまい。
残ったのは、老夫婦が余生の片手間にいとなんでいるような、ガンプラ30個ほどが置いてある小さな模型屋さんのみ。
そのガンプラもMGやHGでなく、300~800円くらいの初期のガンプラの復刻版のようなものがほとんどでした。
もともと、30個ほどでは、客のニーズにこたえるのは不可能です。
だいたいにおいて、個人で趣味として30個以上の手をつけていないガンプラを所有している人も、そう珍しくはないでしょう。
商売やめても他になにもすることないし、ということで大損することない30個ほどの価格の安い旧式キットを売っていたのではないでしょうか。


よって、実質的には、個人経営の模型屋さんは、市内に1つもない状況でした。


それもそうでしょう。


大資本に物言わせ、常時2割引で販売されては、個人経営のお店にはつらい
特売だと、3割引にはなります。


また、リサイクルショップでも、中古の模型やフィギュアなど、2割、3割は当たり前。
ものによっては、半額以下です。


個人経営店には、じつに厳しい商売環境なのです


そんななか、個人経営のお店が大型店に対抗するには、模型の該博な知識や懇切なアドバイスで信頼を勝ち得る必要があるといいます。
価格の差を、知識や情報で埋めるのです


価格を度外視してくれる常連さんの獲得、いってみればリピーターの多さが個人経営店には必須でしょう。


また、テナント代、模型や模型道具の仕入れなど、それなりの、あるいは、かなりの借財を覚悟しなければならないでしょう
人口10万人前後の規模の市では、プラモデル購入人口がもともと少ないうえ、そこから、価格よりもお店の人との触れあいを重視する人が一定数以上いなければなりません。
そんな儲かるかどうかわからない、はっきりいえば、かなりの赤字を覚悟しなければならない商売に手を出す人がいるとは思ってもいませんでした。


ですから、驚きでした。
いまのご時世に、小さな市で個人経営の模型屋を始めるというのは。




オープン


わたしが、この模型屋さんの存在をはじめて知ったのは、新聞の折り込みチラシでした。


小さいチラシに、プラモデル店オープンの文字。


この時点で、お店に資金的な余裕がないのは明らかでした


折り込み広告のサイズは小さなもので、コミックくらい。
ロボットや戦車などの模型の完成品やボックスアートなどの写真があれば華やかになったでしょうが、紙面には文字のみ
紙質は、光沢のある上質なものでなく、粗くざらざらしたものでした。


こういってはなんですが、新聞の折り込みチラシとしてはもっともランクが低い、もっともコストがかからないものだったでしょう
あのサイズの小ささとシンプルな紙質は、ごくたまにしか、お目にかからないものです。


一般家庭にも配布する新聞チラシだと、枚数が膨大なものとなり、コストをおさえなければならなかったのでしょう。
広告チラシを目にした人のどれくらいがプラモデルに興味を持っていて、どれくらいが価格高めの個人経営の模型店を利用するのか、雲をつかむような話です。


賭けだったでしょう


元手が少なくても模型店をいとなみたいという、プラモデルへの純粋な愛情が感じられ、わたしは、客が入ればいいなあ、と心の中で応援しました。


心の中でというのは、そのお店に行きづらい理由がいくつもあり……。


わたしは元来、手先が不器用でプラモデルをあまりつくりません。
プラモデルを組み立て、色を塗るのはとても楽しいのですが、その完成品を見ては、自分の作ったものということで愛着ももちますが、同時に、その出来にげんなりもするのです。


ですので、ホビーというと、リアルロボットの完成品のフィギュアなどを購入するのが主なのです。
小型の模型屋さんは、この完成品のしなぞろえがあまり豊富ではないのが通例です。


それなら、注文や予約をすればいい。
しかし、それだけではないのです。


わたしは長期にわたる病気療養中な身でして、金銭に余裕はなく、高いものは買えません。
同じ商品なら、安いものを購入しないと心理的負担が重いのです。


さらに、小規模店舗だと、買わないでお店を出ていくときの申し訳なさが半端じゃなく……
単価の安い古本屋なら、適当に買うものを見繕うこともできるでしょうが、単価の高い模型・フィギュアだと、買うものを見つけることはそう簡単なことではないでしょう。


いつかは行きたいが、そう気安く行けるものでもない、そのお店はわたしにとり、そんな存在でした。





狭いお店


模型屋さんの所在地には、1989年から2000年ころまでレンタルビデオ屋がありました。
『メガゾーン23』の3作品目(1989)をオープン記念に借りて以来、幾度も利用した、かつて知ったる場所です。


ただし、建物は建て替えられていました。


三階建てのビルで、二階・三階部分が住居として賃貸され、一階部分に商業店舗のテナントが入居する形式です。
一階には、貸店舗が4つ。


建て替えたばかりなのできれいなのですが、面積が狭い
4つの貸店舗が、おしくらまんじゅうをしているようでした。


やはり、資金的に苦しかったのかもしれません
最小限の店舗面積からの出発です。


模型屋さんは、左から2軒目。
じろじろ見ないようにして、自転車でゆっくり通り過ぎざまに、お店を確認しました。


地方の平日の日中ということで、もちろん、客は1人もなし。
扉が透明ガラスでしたが、なかは、ほとんど見えませんでした。


新築で清潔ではあるけれど、ごくごく狭い店舗が地方ののどかな陽光のもとにたたずんでいるといった印象でした。
平和でのどかでした。
のどかすぎて、誰からも注目されていない、世界から忘れ去られたような空気がただよっているようでした。


地方では、ガンプラブームなど例外をのぞいて、模型屋さんが脚光を浴びることはほとんどありません。
マニア向けのリサイクルショップも、人々の注意を引かないことはなはだしく、世界の片隅感たっぷりです。


そんなきびしい土壌で、お店の人はあらたな船出をしたのです。
よけい応援したくなります。


ただ、入店・出店の際には、必ず、お店の人と顔を合わせなくてはならないような狭さです。
そのような、レイアウトしか取りようがない狭さといいましょうか。


実際にそのさまを目にして、ますます、店に入ることに萎縮しました。
なにも買わないで店を出るのがやはりつらい、と敬遠する気持ちがさらに強いものになりました。


学校の放課後、仕事帰りや休日にお客さんが来てくれればいいな、と思いつつ、お店に入ることなくわたしはそこを後にしました。


それにしても、地方の平日の日中は、人がいません。
東京で学生時代を送りましたが、その差は別世界のよう。
東京では、平日の日中だろうが夜遅くだろうが、老いも若きもひっきりなしに屋外で見かけます。
この人口の差、とくに模型に興味をもつ若年層の人口差は、地方の模型屋さんの大きな障害の1つでありましょう。



まだ、続いている


失礼ながら、近くを通りかかったときは、『まだ、店が続いているのか』と一ヶ月もしないうちから、そんなことを考えていました。
お店が軌道に乗ってもらいたい、そうでなければ莫大な借金をこさえる前に撤退してもらいたいというのが、いつわらざる心境でした。


勇気をもって模型店を始めたお店の人が、そのために借金で長いこと苦しむのはイヤだなという、そんな勝手な心配をしていました。





閉店


突然でした。
なにもなかったのです
店内は、ぽっかり、がらんどうでした


そこにはもはや、なにもなかったかのような空き店舗が広がっていました


何日間かは、トラックの出入りやら、在庫の搬出やら、棚や看板などの撤去やらがあったでしょう。
しかし、近くを通るのが2週間おき、3週間おきと間隔が空いているため、その過程をすっ飛ばして、わたしが目にしたのは、空き店舗が、ぽつり、あるだけでした


開店から、3ヶ月~5ヶ月くらいだったでしょうか。


『やはり、長続きはしなかったか』
厳しかったでしょうね、地方の個人経営の模型店は
3ヶ月~5ヶ月での早期の店じまいでしたが、驚きはなかったです。
やはりな……でした。


その短期での店じまいから推測すると、最初から、まずは様子見、だめなら早期に店をたたむというのは既定路線だったのかもしれません。


模型店がもとで、不幸になっていなければいいな、といまでも思います。
およそ10年以上たったいまでも、そこの近くを通り、模型とはまったく関係ないガス屋さんがそこに店舗を構えているのを見ると、心の中にぽっかりと寂しさが漂います


一度も入店したこともなければ、お店の人の顔を見たこともないんですけどね





電子世界のなかの模型屋さん




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プロフィール

大検高校

Author:大検高校
1970年代前半生まれ。
栃木県出身・在住。
趣味は、アニメ・漫画・小説・歴史など。
とくに、80年代のものが好き(懐古趣味)。
偏差値40前半の高校入学・中退、大検合格、1浪して早稲田・政経経済へ。
大学受験のころから記憶の障害にかかり、大学卒業後も長期療養、2006~8年頃完治、のち10年間の趣味・勉強をしつつのリハビリのすえ2018年ブログ開始。
どうぞ、よろしく。

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2学期、皆さんがんばってください /学校がどうしてもいやなら、無理しないで休んでもいいとおもいますよ /偏差値上位の受験生に、追いつき、追い越せです

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