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ルイン・リー……クンタラ、差別される下層階級の人たち『ガンダム Gのレコンギスタ』



下層階級・クンタラ


クンタラとは、『Gのレコンギスタ』(2014)のリギルド・センチュリー(R.C.)世界において差別される下層階級の人たち、およびその末裔の人たちのこと。



クンタラに属する人物は、『Gのレコンギスタ』の主要キャラクターにけっこういます。

ルイン・リー……主人公ベルリ・ゼナムの最大のライバル
マニィ・アンバサダ……ルインの恋人であり、ノレドの親友(好きなルインの気を引くため、クンタラを装っている説もありますが)。
ノレド・ナグ……ベルリの恋人?で、アイーダ・スルガン(ベルリの姉)とならぶ本作のヒロイン




クンタラとは?


クンタラは、劇中で蔑称として用いられています。

富野監督によれば、宇宙世紀末期に食糧危機におちいった人類が食糧として人を食べた、その食糧とされた人たちの末裔がクンタラだそうです。
しかし、当初から劇中でそのことを明らかにする予定はなかったとのこと。
実際、劇中、突っこんだ具体的な説明はありませんでした。

富野監督自身も、なぜクンタラの人たちが食糧にされたのか知らないとのこと。
(設定を考えていないのか、あるいは、あえて言わないだけなのか?)
人が人を食べるという異常な宇宙世紀末期の混沌も、いっさい説明はありません。

おなじクンタラ出身の部下にルインが、
「クンタラとはなにか?」
と問い、
「今世紀以前、人に食われるような劣った人という意味だったと聞きます」
というセリフが、本編における数少ない(唯一の?)クンタラの説明でしょうか(第7話)。




人が人を食べる


飢餓で極限状態に置かれたとき、人が集団で死体や殺害して人を食べるという事例は歴史上たしかにあります。
パプアニューギニアでは太平洋戦争敗戦時の逃亡のさなか、極限の飢餓のなかで、くじ引きで外れを引いた二名の日本人兵士を射殺、部隊のものたちがその遺体の肉を食べる事件が実際に起きています(ドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』1987)。
もちろん、これは一例にすぎません。
ただ、よほどの異常な状況のもと、こっそりとです。
人を食うというのは、いかな理由があるとはいえ禁忌に属する行為なのです。
知られてはまずい。
それだけ特殊なことなのです。




カーリー……インドの憤怒の女神


クンタラは、クンタラの魂の安住の地「カーバ」を守護する守護神「カーリー」を信仰しています。
(ルイン最後の愛機「カバカーリー」はこの「カーバ」と「カーリー」から来ています)

この「カーリー」は、インドの女神カーリーがそのもとでしょう。
カーリーは、シヴァ神の妻である女神パールヴァティ(あるいは女神ドゥルガー)の憤怒相。
普段は心優しいパールヴァティー(ドゥルガー)が激怒すると、理性を失い、血と殺戮を好む戦いの女神へと変じてしまうのです。
(こわい! 穏和な女の人が怒るとホントウにこわい! うぅ、許して……は? 夢か……みたいなこわさ)
シヴァ神はインドの神々のなかでもとくに強大な神ですが、怒ったときの奥さんにはもうお手上げ状態になってしまいます。

(ちなみに、『3×3 EYES』(サザンアイズ)のヒロインであるパイの正体はパールヴァティー。
パイも、二重人格(多重人格?)。
『3×3EYES』の最後にして最強の敵はシヴァ)

(魂の安住の地「カーバ」は、イスラム教最大の聖地であるメッカのカーバ神殿がもとでしょう。
こちらは、イスラム的)

また、クンタラという語感もインドめいているような。




不可触賎民(ふかしょくせんみん)……インドの最下層に位置づけられる被差別民の人たち


もしかしたら、インドの不可触賎民がクンタラのヒントになっているのかもしれません。
不可触賎民の人たちは、インドの最下層に位置づけられる被差別民。
ただし、不可触賎民のなかにも高い低いという序列は存在します。
紀元100~300年ごろにかけて不可触賎民の概念は生まれ、5~6世紀にかけてインド社会に定着したそうです。
現在、およそ2億人と推計。

マハトマ・ガンディー(1869~1948)は、不可触賎民の人たちをハリジャン(神の子)と呼称しました。
ヒンドゥー教の輪廻転生(りんねてんしょう)の考えをベースに、現世で苦しんでいる不可触賎民の人たちは、それゆえに来世で必ず良い生まれ変わりを迎えるだろうという考えからです。

しかし、それを偽善的と嫌う不可触賎民の人たちも多いそうです。
ガンディーたちはともかく、インド社会全体が良心に目覚めたかのような印象を外部にあたえるのはよろしくないというのです。

1950年のインド憲法で差別は禁止されました。
雇用、入学、奨学金などにおいて一定程度の優遇を制度として認められ、有力政治家も幾人も誕生していますが、根強い差別意識は残り、殺傷をともなう憎悪犯罪の対象になったり、また貧困率も相当に厳しかったりするそうです。

いまだに根強いカースト制。
その差別の構造に、クンタラの置かれている状況はちょっと似ているのかもしれません。




クンタラのルイン・リー


わたしはルイン・リー視点による、クンタラへの差別を乗り越えようとする物語を、もっと突っこんだかたちで観てみたいと思ったのですが……。
差別される者が差別を打破する物語は、富野監督お手のものではないでしょうか。
TVシリーズ(2014)をベースに新作カットを大幅に追加するという『Gのレコンギスタ』の劇場版(2017年からのはずが遅れに遅れ、いまは2019年から展開予定とのこと)で、実現しませんかね。

それとも、あまりにも重すぎる内容になってしまうでしょうか。
そのために、富野監督はクンタラについてお茶を濁したのでしょうか。




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