FC2ブログ

Contents

25年ぶりの城跡公園



25年ぶりの城跡公園


今日(2019.5.13)、25年ぶりくらいに市内の城跡にもうけられた公園に行ってきました。
南北およそ390m、東西およそ100mの城跡ぜんたいが公園になっているので、まずまずの面積。
うろうろしていると、徒歩で10分といったところでしょうか。
山城ではないですが小さな山(あるいは丘)のうえにある平山城(最大標高およそ56m)なので平坦でなく段差があり、木々や植物などでいたるところが仕切られており、視界がそこここでさえぎられているので、人の目をあまり気にせず園内を散策することができます。

自宅から城跡までそう時間はかからないのですが、なんとなく足が遠のき、そのうちに想い出のままにしておいたほうが良いかもということで25年間が過ぎてしまいました。
今日、おとずれたのは、たんなる気まぐれからでした。




城跡公園の思い出


おとずれてみると、最近ではほぼ忘却していたできごともけっこう思い出すものです。

93、4年ころには、いまは連絡をとっていない友人と大学の夏休みの最後に「さらば、おれたちの夏休み!」などと園内で絶叫していたことを思い出しました。
大学の夏休みほぼ全期間を郷里の栃木に帰っていて、おなじく東京に下宿していた専門学校生の友人とその夏休みはよく遊んでいて、しかし、専門学校の夏休みが終わるのは大学よりかなり早く、一足先にそいつは東京に戻ってしまう、そこで夏休みがもっとつづけばいいのにという気持ちをこめて、(周囲の人たちに聞こえないよう計算して←チキン)絶叫したというわけです。



さかのぼって90年、わたしが大学受験浪人をしていたときには、エロゲー雑誌の切れはしを公園の近傍だか園内だかで発見してしまい、当時10代後半だったわたしは、視界がよそからさえぎられる藤棚の下のベンチでその切れはしにあったエロゲー画像に見入り、興奮するといった一幕もありました。
(なにやっていたんだか、このころのオレ?)
高校のサッカー部のマネージャーが、サッカー部員とどうたらこうたらという作品です。
当時のエロゲーとしては、けっこうきれいな画像でした。
40代後半のいまだと、そんなもの落ちていても「あ、エロ雑誌……」くらいのリアクションしかしませんが、当時は若かった……いまは急速に枯れている!……あのころがなつかしい……。
(年をかさねると、バカみたいなエロ関連の記憶でも妙になつかしくなったりするのよね)

藤棚とベンチは健在でした。
ただ、90年のころのそれではなく、改装されたようで、それなりに新しいものになっていました(とはいえ、それも年月を経てそこそこ古びたものになっていました)。
わたしは、そのベンチに座り、目の前の風景を見てあのころもこんな眺めであったろうかと嘆息しました。
かつての風景は、おぼろげにしか思い出せません。
面影があるような、ないような。
ただ、たしかなことは、エロゲー雑誌の切れはしはもうここにはないということです。
おそらく、世界のどこにもないでしょう。
焼却されたか、風化して塵になったか。
……もしかしたら、家のどこかに隠してあるのを忘れていたりして。




公園の空堀へのかつての不安は「居場所」のなさを象徴していた?


公園には空堀があります。
水のない川を想像してください。
空堀の上には橋がかかっています。
公園の地面から、空堀の底まではだいたい10mくらいでしょうか。
けっこうな落差です。

ここを25年ぶりくらいに目にして、かつて、ここでいだいた感情を久々に思い出しました。
すっかり忘れていた感情。
ここが、かつて、こわかったのです。
なにやら、こわい。
10mの高さから、下の空堀を見ていると、なにやら不安になったのです。

わたしは高所恐怖症なので、単純にそこの高さがこわいというのもあるでしょう。
しかし、それだけではない。
なぜなら、とくに不安になるのは、その空堀の底を人が散歩しているときにとくに感じたからです。

上と下で、なにかちがう世界にいるような。
空堀の底におりていっても、自分は受け入れられないのではないかという感覚。

もしかしたら、それは、自分の「居場所」が世界のどこにもないという感覚なのかもしれません。
空堀の上と下というのは、階段がなく、勾配がそれなりに急で、なかなか上り下りすることがむずかしい。
その行き来のむずかしさが、人間関係のむずかしさを象徴しているようで不安におもっていたのでしょうか。
自分は将来、他人とうまくやっていけるのだろうか、この世界でうまくやっていけるのだろうか、という無意識の不安だったのかもしれません。

しかし、それも後付けの理由でしかありません。
かつての不安の理由などわかりようもなく。
それどころか、その不安を感じていた当の若いころの自分ですら、その不安の理由はわからなかったのです。

ただ、「居場所」のなさというものに関係していたような、していないような……。
わたしの場合、家庭生活は順調でした。
そこに、「居場所」はありました。
しかし、人間関係は幼いころから苦手でした。
人間関係に自信なし。
家庭以外での「居場所」というものは、見つけにくい少年/青年でした。
その不安だったのでしょうかね……。

Comments

Post a Comment
管理者にだけ表示を許可する