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栃木県宇都宮市「宝蔵寺」の女◯と男根の石像


妙妙たる女◯と男根


昨日(2019.6.20)、宇都宮に電車で行ってまいりました。
ここ4年ほど、1年に1回、6月、宇都宮に電車で行くのが年中行事の一つになりました。

その宇都宮の「宝蔵寺」で、あのようなものを目にするとは……。
石像の女◯と男◯……。
男◯のほうは伏せなくていいでしょう……男根です。
かなりリアルな女◯と男根でした。

たしかに、神社やお寺には子孫繁栄や豊穣を願う女◯や男根の像が祀られていることはよくあります。
ただ、宇都宮の「宝蔵寺」のそれらは……どびっくりするくらいリアルでした。

わたしは、家族の幸せを祈るため、かつ、歴史や文化遺産に興味があるので、節操もなくさまざまな神社仏閣に立ち寄ります。
女◯像もいくつか見てきました。
男根像はいくつも。

しかし、そのほとんどは、「ああ、これは女◯と男根を模しているんだな」くらいの写実性です。
写実甘め。
とくに女◯のほうは、単純なかたちの男根にくらべデリケートに複雑なため、あるいは笑いの対象にもなる男根に対し気恥ずかしいというのがあるのかもしれませんが、模倣はあっさり目。
想像にまかせるといった感じです。
たとえば、【Y】のように。

しかし、宇都宮「宝蔵寺」の片すみの祠におさめられた一対の女◯・男根像はそうではありませんでした。

勃起した男根像は、理想の姿を追い求めているのか、隆々として迫力あり。
こまかいところまで細工されています。
「ああ……」と、良く見知ったものの精巧さにたじろぎました。
この種の男根像は「手加減」してつくられるものがほとんどですから、「ここまで似せていいの?」という戸惑いがあったのです。
それに、似せてつくろうとしても、制作者の腕の都合で写実性には限界があります。
男根像は庶民的な信仰ですから、村で石を彫るのがうまい誰それが制作者ということが多いので当然のことなのです。
しかし、宇都宮「宝蔵寺」の男根像は、どう見ても専門家の腕になる逸品。
専門家が本気を出しちゃった男根像でした。

女◯像はといいますと。
女◯像はたいがい、簡略化されています。
記号のようなものです。
子孫繁栄や豊穣の習俗を知っているものには女◯、そうでないとなにがなんだか得体の知れない物体に見えるというような。
これは先ほど述べたように、あまりに似せてつくることに対する気恥ずかしさと、制作者の腕の限界というものがあるかもしれません。
その2つを見事にクリアしてしまったのが、宇都宮「宝蔵寺」の女◯の石像なのです。

たとえば、ギリシアの古代彫刻には女性の裸身像が数多くあります。
しかし、歴史の本など、わたしの知るかぎりにおいては女◯はぼかしています。
そうしてもらわないと、そちらのほうが気になってしかたないのでそれでいいのですが、その手加減を加えていないのが宇都宮「宝蔵寺」の女◯です。

ただし、男根は勃起していますが、女◯は通常の状態です。
その範囲では、手心を加えています。
しかし、男子のわたしの口からは言いづらいのですが……女◯の襞(ひだ)などは丁寧なしあがりで手心なし。

「ううむ」
境内で一人、わたしは心のなかでうなってしまいました。




宇都宮市「宝蔵寺」


JR宇都宮駅西口から徒歩で3分ほどでしょうか、すぐ近くに「宝蔵寺」はございます。
駅からまっすぐに延びる宇都宮市街でも最大クラスの幹線道路「大通り」に面しており、駅からもすぐということで、立地は最高。

開基は円仁(慈覚大師)。
天台宗。
山号は光明山。
北関東三十六不動尊霊場十九番札所になっています。
住所は、栃木県宇都宮市大通り4丁目2-12。

かなり立地の良い街中のお寺ですので、けっして広くはありませんが、境内は街中の喧騒が嘘のように静か。
閑静な空間のなかで都会のつかれを癒やすのは、どうでしょう。

御本尊は、阿弥陀如来(あみだにょらい)と普賢菩薩(ふげんぼさつ)。
境内の一番奥に、女◯と男根の石像が祠のなかに祀られています。

ただし、普段は祠の扉が閉められていて女◯・男根像を見ることはできないかもしれません。
2度ほど訪れたわたしが、3度目にして初めてお目にかかることができたので、いつもは祠のなかにひっそりと静まっていらっしゃるのかも。

子孫繁栄や子宝成就を願われる方はいかがでしょうか。


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