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カミーユ・ビダン&富野由悠季は、自閉症なのか?『機動戦士Zガンダム』



ぼくは……自閉症の子供なんだ

エマ・シーンに叱られたとき、カミーユみずからが「ぼくは見込みありません、自閉症の子供なんだ」と言い訳をしていました。
果たして、カミーユは本当に自閉症なのでしょうか?




カミーユ……屈折したキャラクター造形

わたしは、けっこうカミーユ好きです。
富野監督はカミーユのことかなり嫌いみたいですけどね。
すくなくとも、精神状態がすさんでいたテレビ版は。
聞き分けのよい少年になった劇場版のカミーユはどうなのかわかりませんが。

カミーユの心の屈折したキャラクター造形は、かなりリアルだったと思います。
『Z』本放送のとき、わたしは中学2年でしたがカミーユには共感を覚えました。
少年少女なんて、大なり小なり、心が鬱屈してすさんでいるのが当たりまえなのでは?
もちろん、そのすさみが大きすぎるのは困りものですが、それなりにであったなら人生の通過儀礼なのではないでしょうか。




居場所のない少年、カミーユ

カミーユは、身の置きどころ探しに苦労している印象でした。
世間や社会どころか、家庭にも「居場所」がありませんでした。
父は愛人のマルガリータに入れあげていて、母は仕事に夢中。
カミーユの母ヒルダの仕事への没頭は、もしかしたら、夫との冷めた関係から現実逃避していたのかもしれません。
カミーユの家庭は機能不全状態でした。

だから、ホモ・アビス(ハングライダーにブースターパックがついたような小型飛行機)の大会で2年連続優勝、ジュニアモビルスーツの大会で優勝、グリーンノアでも有数の空手の使い手になれたのかもしれません。
この頑張りも、カミーユの「居場所」づくりの一環かもしれません。
好成績を残せば部活の中心人物になり、ちやほやされるでしょう。
他人から承認されるかもしれません。
そのように、他人から認知され「居場所」を築こうとしていたのかもしれません。




カミーユは愛着障害かも

カミーユは「愛着障害」の可能性あり、とわたしは思っています。
子供のころに親などからじゅうぶんな愛情を得られず、そのため人間不信になり他人との積極的なかかわりを避けたり、逆に、寂しさから他人に依存したりしてしまうのが「愛着障害」です。

他人の評価に依存しようとする承認欲求の高さが、カミーユのホモ・アビスやジュニアモビルスーツの腕前上達の原動力だったかもしれません。
じっさい、愛着障害の方たちは、名声を得るために人一倍努力するからなのか各分野で成功する可能性がけっこう高いのです。

また、両親の愛情に恵まれず、そのため人間不信になり他人に心を閉ざしたカミーユに、愛着障害は良く合致しているようにも思われます。




先天的要因の自閉症と後天的要因の愛着障害

では、「自閉症」の可能性はどうでしょう?
自閉症は、他人とコミュニケーションを取るのがむずかしいなど愛着障害と似た症状を呈します。

ただし、自閉症と愛着障害には決定的な違いがあります。
愛着障害は、親の愛情不足や育て方など後天的な要因に起因しています。
自閉症は親の愛情や育て方とは無関係。
遺伝子の異常や、受胎時・出産時の事故などで脳機能に障害を負ってしまうことなどが原因とされています(異説あり)。
親がどうすることもできない遺伝子の異常など先天的要因が、自閉症の主な原因なのです。



カミーユと富野由悠季は自閉症?

「ぼくは見込みありません、自閉症の子供なんだ」と言っているように、カミーユは自分を自閉症だと思っていました。
一方、富野監督は他人からよく「自閉症的」と言われたそうです。
富野監督自身も、渋々ながら自分が自閉症的であることを認めていました。

カミーユと富野監督は、自分のことを自閉症だと思っている子供と大人なのです。




カミーユと富野由悠季は自閉スペクトラム症かもしれない

自閉症は、現在では「自閉スペクトラム症」が正式な診断名です。
「自閉スペクトラム症」には、「自閉症」「アスペルガー症候群」「特定不能の広汎性発達障害」「小児期崩壊性障害」が含まれます。
これらは、かつては別々の診断名でしたが、現在では明確な区別はむずかしいということで「自閉スペクトラム症」という一つの診断名に統合されました。

「自閉スペクトラム症」は、まわりの人間と関係を築くのがむずかしく、特定のことに尋常でなくこだわるなどの特徴があります。
カミーユも富野監督も、人間関係は不得手で、特定のことにこだわるなど、自閉スペクトラム症の可能性はあります。
ただし、人間関係が得意でない、こだわりが強い、その他の特徴に一致しているからといって、それで自閉スペクトラム症であると決定されるわけではありません。
医師の診断によって、自閉スペクトラム症だと思っていたのにそうでなかった、逆にそうではないと思いつつ試しに診断を受けたら自閉スペクトラム症だったという事例は数多くあります。

カミーユや富野監督が自閉スペクトラム症であると結論づけるには、医師の診断が必要でしょう。




自閉症だから見込みがないわけではない

カミーユが口にした、自閉症だから「ぼくは見込みありません」というのは、一概には言えません。
自閉スペクトラム症のために人間関係などで苦労されたり、他人が簡単にできることができなかったりと負の側面はあるものの、他人ができない離れ業をやってのける「天才脳」などを持っている自閉スペクトラム症の方たちもいらっしゃいます。

何年何月何日は何曜日であることを、卓抜した暗算力で一瞬のうちに計算してのけたり。
一度目にしたものを写真のように一瞬で脳に刻みつけるカメラアイの能力があったり。
そこまで顕著でなくとも、普通に記憶力や暗記力にすぐれていて高学歴だったり、仕事で活躍したり、芸術的才能に恵まれていたりする方たちもいらっしゃいます。

自閉スペクトラム症であるから「見込みありません」というわけでもないのです。




富野由悠季のカミーユ嫌いは同族嫌悪かも

富野監督も、自分の「居場所」確保に苦慮していた気配があります。
富野由悠季自伝『ターンエーの癒やし』で、親友が一人もおらず、奥さんをのぞいては孤独であったと述懐しています。
親友なしで孤独であるなら、家庭ではともかく、世間に「居場所」はなかったでしょうね。
この著書を書いた2000年ごろには、その孤独感もそれなりにやわらいだとのことですが。

富野監督はテレビ版のカミーユを嫌っていますが、二人はよく似ているように思えます。
もしかしたら、富野監督のカミーユ嫌いは同族嫌悪なのかもしれませんね。

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