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『機動戦士ガンダム』(1979) 人気が出たのは再放送? 本放送終盤?


『機動戦士ガンダム』 本放送は視聴率低迷

『機動戦士ガンダム』はアニメ史上に残る大ヒットを記録しました。
しかし、本放送は多難な船出でした。
初回放送時の視聴率は名古屋地区で平均9.1%、関東地区で平均5.3%。
79年当時、視聴率15~20%のアニメ作品がかなりあったことを考えると、かんばしい数字でないことはあきらかです。




『機動戦士ガンダム』 打ち切り

勧善懲悪が定番だった当時のロボットアニメにおいて、戦争という難しい題材をテーマにした『機動戦士ガンダム』は子供受けが良くありませんでした。
子供受けしないといえば、内気なアムロは子供から見れば頼りないお兄ちゃん。
シャアはシャアで、「陰気なキャラクター」、だから視聴率が低迷しているのだとスポンサーからクレームを受ける羽目に。
そのため、二度と登場の機会のない永久追放処分として、第12話「ジオンの脅威」においてガルマを護ることができなかったという名目のもとに体よく左遷されたとも言われています。
(しかし、ファンの人たちからの熱狂的な抗議によって第26話「シャアの復活」から再登場)

玩具の売れ行きも低調で、スポンサーのクローバーは打ち切りを決定しました。
全52話から43話へと短縮されてしまったのです。




『機動戦士ガンダム』 ガンダム人気の起源

しかし、『機動戦士ガンダム』の人気は上向いていきます。
しかも急速に。
マニア層には絶大な人気が当初からありましたが、それが一般にも広がっていったのです。
いつのころからなのか?
これには、少なくとも2説あります。

☆本放送終盤
☆再放送




『機動戦士ガンダム』 再放送で爆発的人気……

一般に広く流布しているのは再放送説。

放送終了後も、アニメ雑誌において『機動戦士ガンダム』は特集されていました。
子供には人気がなかった『ガンダム』でしたが、アニメ雑誌を読むような中高生以上の層には熱狂的な支持を受けていたのです。
これら中高生の口コミなどで『ガンダム』への関心が高まり、再放送で平均視聴率10%超え、その後の再々放送などでは81年の関東地区で平均17.9%、82年には名古屋地区で平均25.7%/最高視聴率29.1%にまで到達しました。

本放送終了(1980年1月26日)からほぼ6ヵ月後の1980年7月19日、ガンダムのプラモデルが発売されました。
「1/144 ガンダム」を皮切りに、続々とガンプラが世に送り出されていきます。
ガンプラは爆発的な売り上げを記録。
それまでガンダム関連で発売されていた純然たる児童向けおもちゃとはちがい、兵器としてのリアリティーがあるちょっと大人なガンプラは中高生以上にも受け入れられました。

かつてはその難解さに背を向けていた子供たちも、中高生以上のファンの人たちの狂熱に引っ張られるかのように『ガンダム』とガンプラのとりこになっていきました。




『機動戦士ガンダム』 本放送終盤には人気……

しかし、その再放送説は勘ちがいやデマだとするのが本放送終盤説です。

たしかに前半の視聴率は満足のいくものではなく、いったん打ち切りが決まりました。
しかし、終盤になり人気が出て、スポンサーのクローバーから延長の打診すらなされていたといいます。
(一説には、79年の年末商戦で「DX合体セット」が好調な売れ行きを示し、クローバーは慌ててサンライズに延長を打診したともいいます)
ただ、すでに打ち切り前提の構成で物語は進んでいて修正は困難、次の番組の準備もあり、延長のオファーには応じられなかったのだそうです。

これは事実なのでしょうか?

それを裏打ちするかもしれない証拠もあります。
バンダイは、1979年12月、『機動戦士ガンダム』のプラモデル商品化権を取得しました。
『機動戦士ガンダム』はすでに終盤。
打ち切りが決定したあとにです。
しかし、バンダイは低視聴率による打ち切り決定後、人気が盛り上がっていくことを実感し、売れると確信して商品化権を取得したといいます。
バンダイは、『機動戦士ガンダム』終盤にはガンダム人気にそれなりの手応えをつかんでいたようなのです。
そして、1980年7月19日に初のガンプラを発売し、そのもくろみどおりにガンプラを大ヒットさせました。



『機動戦士ガンダム』を支えた小さな巨人……アニメック

また、『機動戦士ガンダム』の人気を盛り上げた立役者の一人として、本放送のときから一貫して『ガンダム』商品を展開していたラポート(2003年 倒産)の存在も忘れてはならないでしょう。
ラポートは、いまはなきアニメグッズ専門店「アニメック」(2007年12月末 新規受注を停止)を経営し、いまはなきアニメ雑誌『アニメック』(1987年2月 休刊)を発行していました。

アニメファンの盛り上がりをいち早くつかんだラポートは、本放送時すでに積極的にガンダム商品を展開、アニメ雑誌『アニメック』でも頻繁に特集を組みました。

発行部数はさほどではありませんでしたが、マニア度の濃い(濃すぎ)『アニメック』は熱心なファンの盛り上がりに少なからぬ貢献をしました。
発行部数の少ない『アニメック』、小さな巨人として『ガンダム』の縁の下を良く支え続けました。




『機動戦士ガンダム』 再放送/本放送終盤

おそらく、再放送説のほうが圧倒的に有名でしょう。
わたしもいままで目にしてきたのは、再放送でファン層以外にも人気に火がついたというものばかりでした。
しかし、本放送終盤のさまざまな動きを見てみると、本放送終盤説も見過ごせないのかもしれないなあ、などと思いなしてしまうのです。